■模倣こそが創造
何かを始めようと思ったとき、自分ひとり独学でゼロから始めようとするより、経験している人からやり方を学ぶのが、理解度や効果的な学びができると思います。
実は、真似をずっと続けていけば、見えてくるものがあります。人によっては、真似はカッコ悪いと思っているかもしれませんが、無駄なことを考えすぎて、何もできないのでは本末転倒です。
無い頭で効率的な方法を考えるよりも、まずは全て真似ることです。考えてから動くのではなく、動きながら考えるのが大切です。
学ぶ段階には、「守」「破」「離」があります。「守」では、言われたことをそのままに守り、「破」では、基本を破り(応用し)、「離」では、師から離れる(一人立ちする)。これは物事を極めていくためには、必ず通る道です。
「守」の学びでは、「真似る」ことを続けていくと、真似るにも、頭を使って真似る必要があるとわかります。
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モーツァルトも模倣から始めた
モーツァルトといえば、歴史上に残る天才作曲家です。しかし、彼がいかにして天才と呼ばれるようになったかを見ていくと、「まねる力」が彼を天才たらしめていたのだとわかります。モーツァルトは小さい頃に父親から言われて、一途にピアノの練習を始めました。
目隠してもピアノが弾けるようになり、次第に有名になりました。ヨーロッパのあちこちの街から招待され、目隠してピアノ演奏を披露していました。
いつしか、神童と言われ始めました。ピアノ演奏という技術自体は以前からありました。モーツァルトは反復練習でまねしていくうちに、やがて自分で作曲をもするようになりました。
このように、最初から自分のオリジナル曲を作曲できていたわけではありません。若い頃のモーツァルトは、作曲家として偉大な先輩であるハイドンの曲を研究し、文字通りまねていたようです。
つまり、最もクリエイティブな行為と言える作曲においても、モーツァルトは模倣によって新しい曲を生み出していたのです。
ある曲には必ず作曲家の癖が出ているものです。モーツァルトは大作曲家たちの曲をいくつも自分の手で弾くうちに、「この作曲家の先生の癖ってこうだな」というのがわかってきました。
いわば贋作みたいなものを作ろうと思えば創ってしまう域に達していました。そのうえで、それらを組み合わせてモーツァルト自身のスタイルを創っていきました。
池上彰さんのようにニュース解説する
発想力、創造力とは、基本的に先人の知恵に基づいているものです。そういった先人の知恵が、今やインターネット上にあふれ返っています。
そういったものを本気で自分の中に取り入れれば、創造性は増えるはずです。問題は、本当にまねする気で情報と接しているのかと、いうことです。
たとえば池上彰さんのニュース解説は、聞いていてとてもわかりやすいものです。それをただ聞いてわかりやすかったと終わりにするのではなく、池上さんのまねをしてみようと思ったらどうでしょうか。
もちろんニュースになるような事件や事故を取材するとなるとなかなか難しいでしょうが、新聞を何紙か読んで、記事を整理して解説することならできます。
ただ漠然と番組を見ているだけでは、「まねる力」はなかなか上達しません。それを一歩進んで池上さんのように話してみようと本気で思えば、「まねる力」はどんどん上達していきます。
哲学の世界も
たとえば哲学の世界も非常に知的で高級な世界のように思えますが、基本的にはまねる力を基礎としています。一対一で話しながら相手に思考の型を教えていくということがあったと思います。
古代ギリシャの哲学者であるソクラテスは、教えることをしない不思議な教師のようにいわれています。
彼は対話をすることで、「あっ、自分はわかっているつもりでもわかっていなかったのだ」と気づかせるという手法を取ってたのですが、広く見てみれば、自らの無知に気づくという思考のパターンを教えていたと言えます。
弟子たちの間にソクラテスのように疑問を持ち、ソクラテスと一緒に対話することで、ソクラテス風の対話術というものが、伝わっていったようです。
古代ギリシャのアテナイに現れたソフィストは、徳や知識を教えてお金を取るタイプの教師でした。しかし、事柄を教えてお金を取るなんていうことは、知を馬鹿にしている青年たちへの冒涜だという考えがありました。
しかし、ソクラテスはもっと本質的な、考えるということを教えなければいけないとして対話を通して自分の知を吟味する力、対話的な思考力を青年たちに授けていったようです。
プラトンのテアイテトス(プラトン哲学対話の最高峰)によりますと、ソクラテスが、自分の母は産婆で、自分も同じ技術の持ち主なのだと語っています。言葉を用いて「精神の産」を助けるということです。これも「まねる力」かと思います
イノベーションとは組み合わせである
「イノベーション」というものは、日本語では「技術革新」と訳されますが、柔軟に新しいものを生み出すことです。
ここで大事なことは、まったく新しいものを生み出す必要があるのではなく、すでにあるものを組み合わせて生み出していくこともまた、イノベーションであるということです。
アメリカの広告業界で活躍した実業家のジェームス・W・ヤングは「アイデアのつくり方」の中で、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と述べています。
まったくの無から有を生み出すというわけではなく、記憶しているからこそ、記憶の組み合わせによってもアイデアも生まれます
だが、この2人の天才は、私たちの誰もが努力を重ねれば創造のカを高められることを教えてくれている。 そして身体を動かしながら努力を重ねれば、より効果的にその可能性は高まるといえよう。
暗記とクリエイティブは密接につながる
エジソンは、自分の会社への入社試験として、主に幅広い知識を問う問題を出しています。「ブリタニカ百科事典」から問うようなものです。
実はエジソン自身、「ブリタニカ」の暗記をすごく重視していたと言われます。彼はファラデーの生き方に影響を受け、その方法論を模倣したのですが、ファラデーが「ブリタニカ百科事典」を読み進めていると知って、エジソンも「ブリタニカ」の暗記に勤しんだそうです。
実はエジソンは聴覚障害を抱えており、その影響で読書に熱中することができたようです。 エジソンは、娘の教育にも「ブリタニカ」の暗記をさせたほど、知識を重視していました。知識がなければ何も創造できないということを、エジソンは経験からつかんでいたのです。
近年の教育論では、単なる暗記ではなく、創造性や問題解決能力が必要という意見が主流のようです。しかしクリエイティブな人間を実際に見てみると、必ずしもそうなっていないことがわかります。
むしろ大事なのは「まねる力」、以前にあったよいものをもう一度反復して、自分の体で修得するということだとしますと、暗記と新しい何かを生み出すクリエイティブとは実は密接に繋がっているということです。
参考文献 : 『まねる力』 齋藤 孝 著 朝日新書