■具体と抽象を駆使する
社会人になってから、「具体的で実践的な知識を習得したい」という動機で、ビジネススクールなどへ通うと聞きます。とりわけビジネスの世界では、「具体」は実践的で役に立ち、「抽象」は机上の空論で役に立たないないのではないか?と決めつけてしまうような風潮があります。
しかし、具体も抽象もどちらも大切です。抽象的な思考がなければ深い理解や具体的なアクションは生まれません。抽象と具体との往復運動を繰り返す、思考様式がもっとも実践的で役に立つと言われています。
「抽象」と「具体」の往復運動の振れ幅の大きさと頻度の高さ、そして脳内往復運動のスピード、これが「地アタマの良さ」と思われます。 知的で生産性の高いビジネスパーソンになるには、「抽象」と「具体」を柔軟に行き来できる思考力が必要です。
抽象的思考力を鍛えれば、物事への理解が深まり、既存の知識を組み合わせてアイデアを生み出したり、多くのメリットを享受できます。
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地頭力は、知識力や論理思考力とどう違うのか
ビジネスや日常生活に必要な人間の知的能力、言い換えると「頭のよさ」は3つに分けられると考えられます。
まず、第1は、知識、記憶力です。ビジネスでいう経験が豊富で、日常生活でいう「物知り」「専門家」というのがこの能力にすぐれた人たちで、何事にも有利です。
第2は、「対人感性力」です。人の気持ちを理解する力、場の空気を読む力といった「理屈では説明のできない頭のよさ」といってもよいでしょう。とくに対人折衝が必要な営業マンや多数の部下を統率するリーダーなどに必要とされる能力です。
時代や職業を問わずに何をやるにも、非常に重要な能力といえるでしょう。
第3は、「考える力」、ずばり最も重要になってくる「地頭力」です。近年、知識の陳腐化が激しくなっています。たとえば、言葉を入力して「検索」ボタンをクリックするだけで、関連情報の一覧が瞬時にパソコンのモニターに表示されます。
これはグーグルなどの検索エンジンの発達、普及、またグローバル化や規制緩和のさらなる進展によって「ローカルルール」が減少していきます。
そのため、差別化のポイントは、「情報・知識そのものをたくさん持っているか」ではなく、「簡単に入手できる情報、知識に、自分の頭を使っていかに付加価値をつけられるか」といったことにシフトしていくことになるでしょう。
知識、情報を集める力、記憶力とは異なる知的能力をより明確にするために「地頭力」と要約します。
「知識力」と「地頭力」は車の両輪
「知識力」と「地頭力」は車の両輪のようなもので、片方だけで存在するという状況はあまりありません。知識をインプットして地頭力で付加価値を加えて、新しい知識を生み出していくというのが知的活動のステップです。
いかに現状の知識や情報を生かして新たな知識を生み出せるか? というところに地頭力が必要になってきます。知的活動おいて、実となって表面に出てくるのは知識や情報ですが、それらの味(質)を決めるのは土壌の力です。
この意味において、知識、情報と地頭力との関連は、料理における食材(知識・情報)と料理の腕(地頭力)、またはコンピュータにおけるデータ(知識・情報)と演算装置(地頭力)との関係と同じといえるでしょう。
知識の活用は「ストック」ではなく「フロー」
知的活動において重要なポイントは知識、情報であることはいうまでもありません。ただし、考える力としての地頭力が重要になるに伴って、知識は目的というよりも手段としての色合いが濃くなってきます。
ひと昔前までは、知識を囲い込んで溜めておくことに意味がありました。だれも持っていない知識や情報を持っていれば、それだけで仕事になったからです。ところが、インターネットがこの構図を変えてしまいました。
知識を囲いこんだり溜めこんだりするにも限界があります。一度外に出た知識はあっという間にインターネットで共有されます。 そうなってくると、他と差別化するためには、流れている知識に自分なりの付加価値をつけて、関係者に流していくということの重要性が高くなっていきます。
つまり、知識の位置づけとして、「ストック」(貯蔵)ではなく、「フロー」(流動)の側面がより強くなっていきます。
何気ないひっかかりが知的好奇心を呼ぶ
ここまで定義してきた、「考える力」のベースとしての地頭力の構成要素を、図1のような三層構造であると定義します。 まず最もベースとなるのが、「知的好奇心」です。
「ロジカルシンキング」という言葉が普及して、すべての問題が解決するのではないかという誤解があり、思考力が代表されているような使われ方をすることがあります。しかしながらロジカルシンキングは、文字どおり「論理思考」のことであります。
では「論理的に考える」とは、どういうことでしょうか。「物事をだれにでも通じるようなルールで一貫して筋道を立てて考える」ということであります。
つまり、「当たり前のことを愚直に当たり前に表現し、伝達する」というのが論理思考であります。ここからは直接的に新しい発想や独自の視点が生まれてくるわけではありません。
それを補うのが第二層目でペアになっている「直観力」です。直観力は「守り」の論理思考力に対して、いわば「攻め」の部分であり、「ひらめき」などもここに含まれ、個人の経験や資質によって決定されるものといえます。
地頭力を発揮する
実務経験がある人でも、具体的な経験は仕事や業界の範囲に限定されています。ただし、具体のレベルを右往左往しているだけでは具体的なアクションは出てきません。
抽象と具体の往復運動ができない人は、いまそこにある具体に縛られるあまり、ちょっと違った世界に行くとさっぱり力が発揮できなくなってしまかもしれません。どんな仕事も最後は具体的な行動や成果での勝負です。
抽象度の高いレベルでことの本質を考え、それを具体のレベルに降ろしたときにとるべきアクションが見えてくるのです。 具体的な現象や結果がどんな意味を持つのか? いつも意識的に抽象レベルに引き上げて考えましょう。
具体と抽象の往復を、振れ幅を大きく、頻繁に行う努力、鍛錬こそが「地頭力を発揮」できるようになる方法ではないでしょうか。
参考文献:『いま、すぐはじめる地頭力』 細谷 功 著 大和書房