「考え直す」は成功への道

 他人を説得するとき「主張する」「批判する」「かけ引きをする」のいずれかで試みようとします。自分が意見を聞く時も同じのようです。ついつい相手の話を聞きながら、それに対して「そうじゃないんだよな」という思いから始まりがちです。

傲慢さは能力の伴わない自信からくるようです。能力のない人ほど、自分のことを過大評価しがちになります。逆に、能力が高く周りからも評価されているのに、自分だけができないと思い違いすることもあります。

能力と自信を冷静に勘案し、「知らない」ことを知ることが大切です。自分がわかっていないことを理解していないと再考はできないものです。謙虚さを失わずに自信を持つ姿勢を意識することが重要です。

自らの意見に固執するのではなく、意見はあくまで暫定的なものとしてとらえ、自分の考えが自らのアイデンティティとして固執しないようにしなければなりません。

そのためには、自分の置かれている「今」と、身に染み付いたこだわりとなっている「過去のしがらみ」を切り離すことが必要です。

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自分の考え方を再考する

たいていの人は、自分の知識や専門技術に誇りを持ち、信念や見解に忠実であり続ける。しかし、私たちは急速に変化する世界に生きている。人は考えることと同じぐらいの時間を、再考にも費やする必要がある。

 20年前、アダム・グラント(THINK AGAINの著者)の同僚のフィル・テットロックは、ある奇妙なことを発見した。多くの場合、私たちの思考様式は、考えたり、話をしたりする時、無意識的に3つの職業の思考モード、すなわち「牧師」「検察官」「政治家」に切り替わるというのだ。

 信念がぐらついている時は、理想を守り確固としたものにするために、牧師のように説教の思考モードになる。

また、他者の推論に矛盾を感じれば、検察官の思考モードに切替わり、相手の間違いを明らかにするために論拠を並べる。多くの人を味方につけたい時、支持層やロビー活動を行い政治家モードになる。

しかし、そこには潜在的な危険性がある。 なぜなら、それらの思考モードでは、自分の信念を貫き、他者の過ちを指摘する。そして多くの支持を獲得することに没頭するあまり自分の見解が間違っているかもしれないと再考しなくなるからだ。

「思考の盲点」に気づく方法

2人の心理学者、デイヴィッドーダニングとジヤスティンークルーガーが発表した自信の度合いと能力との関係について研究した。報告は「ダニングクルーガー効果」として広く知られるようになった。

この効果によると、人は能力が欠如している時、自信過剰になる傾向にある。 この心理的現象は大きな意味を持つ。  というのも、これが原因で、人は自己を正しく認識できず、多くの場面おいて自分で自分の足を引っ張る。

経済学者らがさまざまな国において、さまざまな業界の数千もの企業の運営と管理を評価し、その結果を各企業の自己評価と比較した。

右のグラフでは、自己評価が実際の業績に一致する場合には、すべての国は点線上に並ぶはずだ。このグラフによると、過大評価はどの文化にも存在する。そして、もっとも蔓延しているのは、マネジメントがお粗末なところだとわかる。 

自信をシーソーに喩える人は多いだろう。自信が募ると傲慢さに傾く。自信を失い続けると、人は控えめになる。謙虚さの危うさはここにある。謙虚すぎると、自己肯定感が低くなるのだ。「謙虚さ」という言葉は、正しく理解されていないことが多い。

考えを支配する内なる独裁者 

自分とは深い関わり合いのない見解や推測であれば、人は喜んで受け入れて検討する。驚き(「本当?」)から、興味(「それで?」)、そして喜び(「へえ、そうなんだ!」)に至る一連の感情も表わす。

 ところが、いざ自分の中核的な信念が問われるとなると、私たちは門戸を閉ざしてしまう。まるで、私たちの頭の中には小さい独裁者がいて、真実が思考に流入するのを制御しているかのようにだ。

平行線の対話を打開するには再考

前世紀後半、インターネットの登場に伴い、多種多様な見解に触れることができると私たちは大いに期待した。しかし、ウェブは星の数ほどの新しい考えや大局的な観点からの見解をもたらした反面、誤情報や虚偽情報の温床にもなった。

2016年にアメリカで行なわれた一連の選挙で政治の両極化か進み、社会の亀裂がいっそう深まると、解決の道はもはや1つだけだ。

ニュースフィード(新着情報や更新情報などが、ある決まった形式で配信される仕組み)のフィルター・バブルを破り、ネットワーク内のエコー・チェンバーを破壊すべきだ、との対極の意見を知るようになれば、人々は視野を広げ、自分の考えに固執しなくなるかもしれない。

 だが、知ってのとおり、複雑な問題においては、対極の意見を知るだけでは十分ではない。ソーシャルメディアには対極の意見が溢れているが、だからといって私たちの考えが変わることはない。両極を示すだけでは、問題は解決しない。それは単に、社会が分極化している事実を指し示しているにすぎない。

 心理学者は、この現象を「バイナリー・バイアス」(二元バイアス)と呼んでいる。複雑に連関した事象を2つのカテゴリーに分けることで単純化し、明確性、認知的閉鎖(問題に対して確固たる答えを求め、曖昧さを嫌う欲求)を手に入れようとする人間の基本的な傾向である。

 バイナリー・バイアスのこうした好ましくない傾向への対処法は、多種多様な観点を提示することである。強い関心を集める論争点について、黒か白かの両極端の議論をしている時に、話し合いは進歩していると思い込みがちだ。

しかし実際のところ、人はさまざまなプリズムを通してそうした論題を検討する時に、もう少し再考してみようという気になるものだ。

学びの文化を醸成させる

再考することは、個人にのみ求められる技術ではない。これは集団が備えるべき能力でもあり、組織の風土に依存するところが大きい。

再考が最も頻繁に行なわれるのは、学ぼうとする文化、成長こそがコアーバリュー(中核となる価値観)と位置づけられ、再考サイクルを回すことが日常になっているような環境だ。

学びの文化を醸成するには、「心理的安全性」(不安を感じることなく問題や自分の意思を伝えられる状態)と「アカウンタビリティ」(説明責任)という組み合わせが必要である。

出勤後は、最初に決めたことをひとつだけやる

出勤後は、まずメールチェックするのをやめてみましょう。メールを開くと、自分の都合とは関係なく仕事が発生します。

これは自律神経にとって、急な集中を要求されることになります。交感神経の働きに負担をかけずにしっかり高めるには、予定していた作業をひとつだけ片づけましょう。

 通勤中に、今日やるべきことを頭の中で整理することもあると思います。

急な集中を避けるためには、予定どおりに行動することが大切ですが、何も1日の行動計画をすべて予定どおりに行う必要はありません。

最初のひとつだけを守ってみましょう。出勤したら、たとえ何か興味を引くようなことや、片づけようと思っていたことが頭に浮かんでも、最初のひとつだけは予定どおりに実践しましょう。

トンネル・ビジョンを回避する謙虚さく

大きくなったら、何になりたい? 何になりたいのか、どんな人生を歩みたいのか誰もが自分にこう問いかけたことがあるだろう。生き生きとした想像が、私たちに大胆な目標を設定しようと思わせ、目標を達成するまでの道のりを照らしてくれるのだ。

その一方で、目標をいったん決めてしまうと、視野が狭まり、他の可能性が目に入らなくなるという「トンネル・ビジョン:自分の好む考え方とは異なる他の可能性を考慮しようとしない」に陥るリスクがある。

 ―つの目標のために全力で打ち込んでいるが、それがうまく進まない時、直感的に「考え直さない」ことが多い。そのかわりに倍賭けし、多くの資金や労力を投入する傾向にある。

このパターンは「立場固定」といわれ、心理的バイアスの1つだ。根性は情熱と忍耐の掛け合わせであり、人を長期的な目標に向かって突き動かすエンジンの一部であることは、研究でも明らかになっている。  ところが、再考という観点から見ると、根性はマイナスの資質になりかねない。

私たちのアイデンティティも人生も、開放システムだ。目標は何か、どんな人物になりたいのかは変わるものであり、古い理想図に縛られる必要はない。自分の選択肢や可能性について再考するための、最もシンプルな方法は、日々の行動を疑問視し、見直すことだ。

 過去の決意や覚悟を見直し、改めるには、謙虚さが必要だ。現在の決断に対する懐疑心、そして将来を思い描き直す好奇心もいる。  目標に向かう道のりで見つけたものが、私たちをしがらみや過去の自分から解き放ってくれるだろう。

再考は、知識や見解を改めるだけではない。再考は、私たちの思考を自由にして、より満ち足りた人生を送るためのツールなのだ。       

参考文献:『Newsweek 再考のビジネス心理学 2022/6/7号』 

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