運を味方に・・・

 ものごとの結果は、心に何を描くかによって決まる傾向になります。 現在の自分の周囲に起こっているすべての現象は、自分の心の反映でしかありません。

ですから、私たちは、怒り、恨み、嫉妬心、猜疑心など否定的で暗いものを心に描くのではなく、常に夢をもち、明るく、きれいなものを心に描いていくと、実際の人生もすばらしいものになります。

仏教には「思念は業をつくる」という言葉があります。ものごとを思ったり念じたりすると、仏教でいう因果応報の「因」(原因)をつくります。業は原因ができると、必ず現象として現れてきます。これが因果応報です。

仏教では一燈照隅といいます。どんな人でも何がしかの素晴らしい役割を持って生まれてきました。その役割を通じて、世のため人のために尽くすことが大事です。

自分だけよければいい、という利己の心を離れて、他人の幸せを願う利他の心になる。そうすれば自分の人生が豊かになり、幸運に恵まれるということを仏教は説いています。

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運を味方につけるカギ、「意識のしくみ」とは?

物事は知覚され,視点を通して認知され,記憶となる。記憶は知覚へ影響を与えると同時に,視点や認知にも影響を与える。意識のしくみを理解し、整えることで運が開ける。

この運の本質とは、何だろうか。         どうすれば、運を味方にできるのか。実はこのことは、私たちの意識のありようと、密接に関わっている。

そこで、「意識のしくみ」について理解を深め、意識と運との関係について考えてみたい。          意識とは何か。意識には、少なくとも4つの構造がある。「知覚」「視点」「認知」そして「記憶」である。

  右図をもとに順番に辿っていこう。

まず、①知覚である。起きた物事を、情報としたとらえる。

脳内の神経細胞で、何かを感じ取っている状態である。

初めにはまだ意味はなく、中立である。

運を見出せる人は知覚が微細で解像度が高いため、多くの情報を取り込むことができる。

次に、②視点に移る。知覚された物事は様々な角度でとらえる。短期的、長期的、自分的、他人的、空間的、経済的など、あらゆる切り口がある。

こうした見方の多様性は、教養によって培われる。 たとえば、読書をしたり、美術館での鑑賞、自然に触れたり、体験を通しで教養を得る。教養により視点の数を増やし、多角的に変化させられるようになる。これこそ、物事を好意的にとらえ、運がよいと自覚するための決定的な要素のひとつだろう。

そして、③認知である。
 運が悪いと思う人は、短絡的かつ画一的な受けとめ方をしがちである。起こる物事に、瞬間的に腹を立てたり、喜んだりする。 喜怒哀楽の感情に、左右されやすい人でもある。

対して、運がよい人とは多角的な受けとめ方は様々な意味づけを可能にし、多少のことでは動じない。自身にとってよいと思える意味づけ、結果を選択ずることができるのだ。 意識は、物事を知覚し、どういう視点でとらえ、どう認知するか、という3つの段階を経ている。

起こっている物事そのものは中立である 

起こっている物事そのものには、よいこと、悪いこと、ということはない。中立であり、要はどうとらえ意味づけするかという、受けとめ方によるのであり認知が物事の結果である。運の鍵を握っていると言えるのではないだろうか。

同時に理解したいのは、①~③が瞬時に行われることだ。そこに、ヨガや座禅など心身を整える習慣を持つことの必要性がある。

マイルール、マイルーティン、マイプレイスがあると、自然な状態に戻り、偏りが減る。不要な情報に惑わされることなく、ありのままの現実を受けとめることができるだろう。

さらに、自己と他者をうまく分けて考えられるのも、ポイントのひとつである。因果応報という言葉があるが、世の中は因果律だけでできているわけではない。カオスが存在し、自然や宇宙は予測不可能だ。

世界は「風が吹いたら桶屋が儲かる」ようには必ずしもできていない。 要は「自分の思いどおりに世の中はいかないよ」ということで、問題が起きたとしても執着しないこと。これが肝要だ。

意識のしくみを理解し、習慣化する。

最後に残ったのが、④記憶。一つひとつの認知が経験として貯まると、記憶になる。記憶になれば、また知覚に戻るだけかというと、そうではない。記憶は知覚を含め、視点、認知に影響を与える。

経験が増え記憶が貯まれば、素早い判断ができるという利点が生じる一方、視点と認知の幅を狭めてしまう可能性がある。それらの記憶は、不要なプライドや偏見につながることがある。

そして、記憶が貯まると知覚は鈍くなる。年を取るということは、脳内の記憶が飽和状態になることでもある。容量オーバーになる前にデータを消すように、私たちの記憶も適度な消去が必要だ。

運を見出せる人は「記憶のデトックス」ができる。そのためには、ノ-卜に書き出したり、人と話したりして、不要な記憶を外部化することも手段のひとつである。

 過去の出来事よりも、未来のことを話し考える比重の高い人ほど、運がよくなる。時間軸をどう歪め拡張できるかが、予測不可能な時代を生き抜く術になるだろう。

「運」とは、起こる物事よりも[意識のとらえ方]によるもの。

ありのままの現実の素晴らしを見つけられることは、自分中心とは対極で、運がよいと思い込み、何が起きても、肯定できる状態である。/p>

例えば、急いでいるとき、赤信号になっていても、きちんと立ち止まり、周囲を見回して、新しい発見ができ、それをおもしろく感じる人。世界は広いから、自分の世界に振り回されているだけだが、それでも良いと思える人だろう。

時間軸を自在に変化させながら知覚を鍛え、視点を増し、認知を深め、さらに記憶をデトックスする努力が大切だ。 「意識のしくみ」を理解し、各自にふさわしい思考、行動、習慣を重ね、自分に欠けている感覚の存在を把握することで、運はさらに開けることでしょう。 

参考文献:『運をつかむ習慣』 PRESIDENT 2022/1/14号    

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