人こそが・・・

経営学者ピーター・ドラッカーは「人的資源、すなわち人間こそ企業に託されたもののうち最も生産的でありながら、最も変化しやすい資源である。そして、最も大きな潜在能力を持つ資源である」と定義しています。

そして人的資源が持つさまざまな能力や可能性を効率的かつ有効活用することこそが経営者の責任であるとしました。 経営者が人的資源へ動機をつける施策を提示できるか否かが経営を大きく左右するという考え方です。行動の自由や自律性を求めることを重要視します。

人的資源は、他の経営資源と大きく性格を異にする側面として、人的資源は「生身のヒト」、喜怒哀楽といった感情や意思があるという要素を持ちます。

経営者など管理者からの強制や拘束だけでは、人的資源の最適化は望めないのです。ここで重要となるのは、個々の行動の自由や自らをコントロールしていく自律性を求めることです。

「モノ・カネ・情報」にはない、難しくもあり大きな可能性を秘めているヒトならではの面白さともいえるでしょう。

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  人を動かす経営

盛守経営(稲盛和夫氏と永守重信氏、両者の経営モデル)は、ヒトこそが最大の経営資源としてとらえている。そしてヒトという資源が本来持つ可能性に対して、楽天的と思えるほど絶大な期待を寄せている。

ヒトという資源を磨き上げ、もてるポテンシャルを最大限に引き出すことこそ、リーダーの最大の役割だと位置付ける。リーダーは、ヒトの心に火をつけることに知恵と時間を使わなければならない。

稲盛経営

稲盛氏は「人間の能力は無限」と考える。  人生とはその「今日一日」の積み重ね、「いま」の連続にほかなりませんと説き、そして「神が手を差し伸べたくなるぐらいまでがんばれ」と語る。

「利他の心」や「大義」「正道」を語り続けることから、きわめて人徳に溢れた経営者とみられがちだ。もちろん、そのとおりなのだが、だからこそ、人間の弱さや私欲についてもよく見抜いている。

そのうえで、神学論を振りかざすのではなく、自らの体験にもとづく信念を、相手の立場に立って、全精力をかけて語りかける。

「一日一日をど真剣に生きる」ことを説く。そして、そのような思いが行動の原動力となると語る。どうしてもこの仕事がしたいという思いが、せきを切ったように行動にかりたてるのです。

 『京セラフィロソフィ』には、次のような稲盛語録が並ぶ。

 ・渦の中心になれ
 ・みずからを追い込め
 ・土俵の真ん中で相撲をとれ
そこには、「もうダメだというときが仕事の始まり」という経験則が脈打っている。その思いを限っているくだりを引用しよう。

物事を成し遂げていくもとは、才能や能力というより、その人の持っている情熱や熱意、さらに執念です。すっぽんのように食らいついたら離れないものでなければならない。もうダメだ、というときが本当の仕事のはじまりなのです。

永守経営

能力(IQ)と心の知能(EQ)をあえて分ける。そして「能力の差は5倍でも、心の知能の差は100倍まで広がる」と説く。 しかし、それはあくまでもポテンシャルにすぎない。能力をどこまで引き出せるかは、各人の努力の関数だとする考え方も、盛守経営に通底したものである。

自身の経営者としての経験を踏まえて、自らの確信を披露する。創業当時から夢やロマンを持つことは、「未来を買うこと」だと思い続けてきた。だが、これはいくら大金を積んだところで売ってくれる人はいない。自らの情熱、熱意、執念でしか手に入れることはできない。

そして、人間の魅力について、未来に対し、自己の持つ知力と体力を結合し、それをほとばしるエネルギーに転換させるかにある。志に向かっての一途な魂の燃焼こそ魅力の根幹であると。

 だからこそ、「出来る、出来る、出来ると100回言おう」と語りかける。それは単なる根性論ではなく、ヒトの意識がもたらすパワーに対する深い洞察にもとづくものである。

「人が足りない」のではないという。足りないのは人の教育そして仕事への工夫だと説く。 本人の成長を第一に考え、会社の発展を絡み合わせた的確なアドバイスを行ったとき、人は自分の意志で行動を起こすようになる。

 人を動かす人(真のリーダー)なるための基本要件は何か? それは「人の心を知ること」に尽きると永守は看破する。

十人十色、百人百様の性格や個性を持つ部下を思い通りに動かそうと思えば、人情の機微を知ることである。 ただし、それは部下におもねるということではない、とも語る。

人情の機微とは温情と冷酷さを併せ持ち、この相反する2つの感情のバランスをいかにうまくとるかと。 2つの具体的な行動を提唱する。

1つ目は「聞き上手」になること。部下の描いたドラマのなかに飛び込んで、一緒にドラマを演じる、そしてともに感動する。この感動が部下との強い信頼関係を築き上げていく原動力になるのであると。

2つ目は「部下の目線」に立つこと。そして「相手の土俵にあがって自分の相撲をとれ」と語る。「あくまでも主役は相手で、それを引っ張っていくのが自分」。

部下の痛みを自らの痛みと感じ、共に分かち合うことのできる人間こそ、心で人を動かすことができる一流の人間という信念に、永守経営の神髄がある。そして、経営者は、人間に関して幅広い勉強を続けることが必要であり、それが経営の感度をたかめることになる」と説く。

稲盛経営と永守経営は一見まったく違う流派のようでいて、「人を動かす」という点において、その本質は寸分も違わないのである。

圧倒的な当事者意識

盛守経営には、共通の人間観が脈打っている。それは「圧倒的な当事者意識」をもつことによって、人は行動を変え、見違えるようなパフォーマンスを出すようになるという信念である。

圧倒的な当事者意識という言葉を使ったのは、リクルート創業者の江副浩正である。この言葉は、現在もリクルートの行動原理となっている。その結果、創業後60年が過ぎた今も、リクルートは社員全員が「燃える集団」となっている。

稲盛も永守も、「圧倒的な当事者意識」という言葉は使わない。しかし、異口同音に同じ精神を語り続ける。 強い熱意や情熱があれば、寝ても覚めても四六時中そのことを考え続けることができます。

それによって、願望は潜在意識へ浸透していき、自分でも気づかないうちに、その願望を実現する方向へと身体が動いていき、成功へと導かれるのです。

すばらしい仕事を成し遂げるには、燃えるような熱意、情熱をもって最後まであきらめずに粘り抜くことが必要です。 

参考文献:『稲盛と永守 京都発カリスマ経営の本質』 名高 高司 著 日本経済新聞出版   

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