ブレない

 経営者は経営理念やビジョンを掲げ、自らが会社の方向性を決め、どうなりたいのかというビジョンを自分の中で明確にしていきます。そして、それを周囲の人間、特に社員に理解しやすい形で示す必要があります。

どれだけはっきりとした経営理念やビジョンを持っていても、それを周囲に浸透させなければ意味がありません。進む方向、ゴール地点を定めるのは経営者であっても、実際に会社を動かしていく原動力は社員だからです。

ビジョンや経営理念なしに会社を動かしていくことは、知らない土地で地図やナビゲーションなしの状態で行先もわからないままに車を運転しているようなもの。場合によってはハンドルやブレーキも制御不能に陥る可能性も否定できない状態です。

そうならないよう、ぶれることのない明確なビジョンを示し、それを実現するためにはどうするのか、何が必要なのかを考え、方向性を決めることは経営者に求められる最も大切なスキルといえるでしょう。

◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆

元ソニー社長(平井氏)の貴重な体験談

経営をするうえで大切なことは、自分がすべてわかっているわけではないことを自覚して「わからないから教えてください」と言える自信を持つことです。

ソニーのようにさまざまな事業を持つ企業のトップをやっていますと、自分がまったく経験してこなかった分野の経営に携わることになります。ミュージックとグームについては誰よりも詳しい自信がありますが、映画を経験したことがない「スパイダーマンをこうしよう」と言ったところで的を射ないわけです。

ソニーはそれぞれの分野で世界に誇れるプロの集団です。知ったかぶりをして的外れな指示を出せば、彼らからのリスペクトを失ってしまいます。「ごめん、わからないから教えて」と正直に話すことで、プロたちも「しょうがないから教えてやるか」と思うことができますよね。

自分を助けてください、と言えなければいけません。それが経営者の器ではないかと思っています。

覚悟の辞表で本気を示す

1999年にアメリカのプレイステーション事業(ソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカ=SCEA)の社長に就いたときのことです。社員たちとプレイステーションの戦略などについて会議をしているときに、なんとなく伝わってきたのは、「いろいろ言うけれど、失敗したら俺たちはクビだ。」

しかし、平井は赴任社長だから「日本のソニー本社に帰るだけだろう」と、社員たちが抱く不信感でした。そこで東京に辞表を出して、退職金もちゃんともらって、SCEAの社員になりました。「俺ももう退路を断った。皆と一緒だ」と宣言してから、皆の士気が盛り上がって、一体感がうまれたのです。

「この社長のために頑張ろう」という社内の雰囲気は、どんな戦略にも勝る大切なビジネスの要素だと実感しました。 社員との信頼関係を築く際に意識していたのは、トップの言動はたとえ些細なものであっても社員たちから見られているということ。

よく社員にも伝えていたのが「肩書で仕事をするのではなくて、人格で仕事をしろ」ということ。課長だから偉いのではなく、その人が素晴らしいからこそ「この人のために」という気持ちが湧いてくるものです。

肩書で仕事をして威張り散らしている経営者や上司がいたとして、部下はビジネスパーソンとして一応言われたことはやるけど、それ以上のことをするはずがありませんよね。

社内に蔓延していた「どん底マインド」

  2012年に平井氏が社長に就任したとき、ソニーの業績は最悪と言っても過言ではありませんでした。特にエレキ(テレビ、パソコン等のエレクトロニクス事業)は、海外メーカーとの競争の中で優位に立つことができず、赤字を出し続けている状況でした。

連日「ソニーは終わった」と報道され、「衰退する日本の象徴」等、報じられることもしばしば。それを目にした社員は、そういう世間の噂にどうしても気を取られてしまう。

「やっぱりもうダメなんだ」とか「世間から認めてもらえてないんだ」という悲観的な考えが社内に蔓延していました。

とりわけエレキ部門の負っていた傷は深刻で、自分たちの仕事や商品への誇りを失っていました。ミュージックやプレイステーションの事業部で音楽とグームが嫌いな人はまずいませんが、テレビ部門にテレビを持っていない社員がいたりします。

自分が所属している商品やサービスについては、やはり熟知していてほしい。ソニーの映画を全部見ろ、とまでは言いませんが、エレキの部門でテレビをつくっている社員なら、せめてブラビアを買って研究する気持ちは持ってほしい。

まずは、自分たちが自社商品に「感動」することから始めよう。

ソニーを復活させた「伝え方」

組織のマインドセットを変えるために、一つは、一貫したメッセージを発し続けることです。 その際に避けなければいけないのは、途中でメッセージの内容が変わってしまうことです。現場まで伝えたいことが届かないばかりか、かえって混乱を招いてしまいます。

実際に発信し続けたメッセージは「ワン・ソニー」でした。そしてソニーとは「感動を提供する企業」でなければならないこと、という2つでした。

「ワン・ソニー」とは、エレキやゲーム、ミュージック、映画、さらに金融など多業種にまたがるソニーが、グループの総力を挙げ同じ目標に向かうということを意味します。

当時のソニーは各業種のシナジーが薄いことが課題になっていました。自分たちの事業の最適化は当たり前の目標として、ソニーの持っている文化、他社との差異化のポイントをはっきりと打ち出して、グループ全体で「ソニーにしかできないこと」をサービス、コンテンツ、ハードウエアを通じて縦断、横断的につくり出していこうというマインドセットが必要でした。

私が社長に就任する前のソニーには、皆が目指すべき明確なビジョンがなかったのです。そこで「感動」をキーコンセプトとして、ソニーに蓄積された知見や人材を再結集させることで、ソニーは復活できるはずだと考えました。

空気を読むのは余計なこと

会議などは、「とりあえず、その場が収まりそうな」とか「空気を読んだ」発言は、捨て去るべき余計なもので、課題の本質を見えにくくしてしまいます。

普段から意見や異見を認める雰囲気を醸成することを怠ると危機的な状況下において組織が正しい判断ができなくなる可能性が高まってしまいます。社員との対話においても、自由で闊達なコミュニケーションを根付かせるように努めていました。

徹底してプレない

会社の業績や株価に大きなインパクトを与えるもので、かつ今すぐ決断しなければならないものが、プライオリティが高いとよく言われます。

そのため、「メッセージがあるかどうか」は経営において優先順位をつける際の判断軸にしています。そして、徹底してプレないことがリーダーシップの重要な要因となります。

参考文献:『プレジデント 無敵ソニーのつくり方 2021/4/30号』 プレジデント社  

 ◆ エッセーの目次へ戻る ◆ 
 ◆ トップページへ戻る ◆