共感を喚起するには

目の前に与えられた課題を解くだけでなく、そもそもの問題設定や課題設定の正しさを疑い、より本質的な問題解決に取り組むことが重要です。

例えば、自分の担当する仕事があった時、その「目的」「理由」「背景」「前提」などを考えます。目の前にある仕事をただこなすだけでなく、何のためにこの仕事をするのか?(WHY)を考えることによって、より効果的な問題設定、より最適な解決策の立案に結びつけます。

なぜ、なぜ(WHY)が重要なのか。仕事にはそれぞれ「その仕事が存在する目的」があり、その目的を達成することが本来のゴールとなります。

しかし、ついつい目の前の作業をこなすことが目的化してしまい、本来の目的を達成できない状態に陥ってしまうという問題があります。

通常、課題が与えられた時、その課題をどう解決するか?という「HOW」に思考が向くため、意識しなければ上位目的を考える機会はなかなか生まれません。

  そんな時に、なぜ(WHY)を問いなおすことによって、本来向き合うべき目的を明確にすることができます。

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リーダーシップは文脈依存的

ビジネスにおいて私たちが向き合う大きな論点には「WHAT:目的は何か?」「WHY:それはなぜ大事か?」「HOW:どうやってやるのか?」の3つがあります。

特に組織の中でリーダーシップを発揮することを求められる立場にある人なら、この3つの論点に関する自分なりの方針を明確化し、組織に浸透させることが必須の事として求められます。

ここで注意が必要なのが、これらの3つの論点の優先順位は、状況や文脈に応じて変わってくる、という点です。たとえば市場の競争が固定的で大きな変化がないという状況であれば、重要になってくるのは「HOW」ということになります。

つまり、どうやって同じことを競合よりも効率的にやるのか、というのが経営上の大きな論点になってくるということです。ー刻の猶予もない危機的状況ということであれば、悠長に「WHAT」や「WHY」を話している時間はなく、とにかく「HOW」だけを指示してまずは難局を乗り切ることが先決でしょう。

しかし一方で、現在のようにVUCA(予測不能な状態)な世界にあって、かつ「モノが過剰化する一方、意味が枯渇している」状況で、「HOW」だけで組織を引っ張っていこうとするリーダーシップでは、組織に方向づけを与えることも、モチベーションを引き出すこともできません。

「WHAT」と「WHY」が欠けると人間は失意する

19世紀ロシアの文豪、ドストエフスキーは、自身の収監体験をもとにして『死の家の記憶』を書いています。「バケツの水を他のバケツに移し、終わったらまた元のバケツに戻す」といった「まったく意味を感じることのできない仕事」こそが「最も過酷な強制労働」であり、これを何日もやらされた人間は発狂してしまうそうです。

レンガを焼く、畑を耕すといった作業は、それが肉体的にどんなに厳しくても、最終的に家が建ったり、野菜ができたりすることに意味を感じられるのでまだ耐えられます。しかし、意味のない労働には耐えられないということです。こういった指摘は、私たち

人間にとっては、労働の「量」よりも、実は「質」の方が重要だという示唆を与えています。この問題はそのまま「量にこだわるオールドタイプ」と「質にこだわるニュータイプ」という対比にもつながります。

翻って考えてみれば、現在の日本ではいろんなところで「働き方改革」の名のもとに、労働時間という「量」の削減に関する取り組みが進んでいますが、仕事の「質」に関する議論があまりにもないがしろにされているという印象を拭えません。

モノが過剰になり、労働の意味が不足している時代において、なぜ働き続けるのか? こういう時代において「仕事を通じて幸福になる人」を増やすためにも、あらためて考えなければなりません。私たちの仕事が本来的に有しているべき「意味」をどうやって回復させるか、ということなのではないでしょうか。

日本では「HOWのリーダーシップ」が重用された

戦後、日本はなぜここまで勝てたのかというと、「目指すべき姿「WHAT」はすでに欧米先進企業が目に見える形で模範としてありました。

また、「目指すべき理由:WHY」も、そのゴールを達成することで幸福になれると誰もが考えていたからです。

このような状況において、リーダーからの「HOW」の指示に対して、「WHATは何なんですか?」とか「WHYは何なんですか?」という質問を出すような行動は競争力を削ぐ原因となったでしょう。

ところが1990年代の前半になって、この状況が大きく変化します。すでに指摘した通り、日本企業が欧米先進企業に追いついたことで、これまで明示されてきた「WHAT:目指すべき姿」が喪失されました。

同時に、経済的に豊かになったにもかかわらず、「幸福の実感」が得られていないことで「WHY:働く意義」の説得力もなくなってしまいました。

WHATの要件は「共感」

「WHAT」と「WHY」を示せていないことが日本企業の課題だと指摘しているわけです。しかし、確かに多くの日本企業がなんらかの「ビジョン」や「中期目標」を打ち出しているという現状と、この指摘は不整合と思われるかもしれません。

しかし、これは不整合でもなんでもありません。なぜなら、多くの企業が打ち出しているビジョンに求められる最も重要な要件を満たしていないからです。

ビジョンに求められる最も重要な要件、それは「共感できる」ということです。目的とその理由を告げられて、自分もその営みに参加したい、自分の能力と時間を実現のために捧げたい、つまりフォロワーシップがそこに生まれることで初めてそれと対になるかたちでリーダーシップが発現します。

ところが、多くの日本企業のビジョンは、その事業に参画する人にとって「共感できる」ものになっていません。

では、どのようにすれば「共感」を獲得できるビジョンを打ち出せるのでしょうか? 先述した3つの要素、「WHAT」「WHY」「HOW」網羅した事例を紹介します。

アポロ計画のビジョンのシンプルさ

ジョン・F・ゲネディが1961年に打ち出したアポロ計画です。ケネディは主にスピーチという形をとってさまざまな関係者に対して継続的に次のようなコミュニケーションを行っていました。

WHAT:1960年代中に人類を月に立たせること。
WHY:現在の人類が挑戦しうるミッションの中で最も困難なものであり、であるがゆえにこの計画の遂行によってアメリカおよび人類にとっての新しい知識と発展を得るため。
HOW:民間/政府を問わず、領域横断的にアメリカの科学技術と頭脳を総動員して最高レベルの人材、機材、体制をととのえます。

極めてわかりやすく、また心に響くものになっているのが感じられます。 ちなみにアメリカ国民に向けてこの計画を最初に発表した際、多くのNASA職員は宇宙計画の縮小を覚悟していたと言われています。

そのような状況下で、このスピーチを初めて聞いたときの彼らの驚きと興奮をぜひ想像してみてください。

参考文献:『ニュータイプの時代』 山口 周 著 ダイヤモンド社

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