締め切りを意識する

 ビジネス分野で仕事をするには、一定期間内に成果を上げることが求められます。「締め切りに追われているといいアイデアが出ない」と言い張っている人もいます。科学的には、むしろ逆のようです。

 たしかに締め切りのない仕事のほうが、精神的に楽です。 締め切りがないほうが時間に余裕ができるため、よりよい作品を仕上げることができると思うかもしれません。しかし、実際のところ、そうではないらしいのです。

完了予定日のない状態で創造的なことをしようとすると、「気持ちが乗る」ときを待っていつまでも手をつけられないということになりがちです。

マンガ家や小説家もそうです。編集者の方々などが、雑誌の印刷期限を設け、プッシュし続けるから作品をなんとか絞り出して完成させておられます。期限のもつ力をうまく活用しているのです。 時間の制約があると、緊急性を感じて、火事場の馬鹿力的な効果がでて、それが創造的な作品の完成を促したりします。

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クリエイティブになるには、締め切りを・・

「クリエイティブ」と言えば、ひげを生やし長髪のデザイナーが、難しい顔をしてコンピュータ画面に向かっているイメージがあります。単に、絵が描けることでも、音楽を奏でることでもありません。一言で言うならば、「様々な制約をクリアしながら新しいものをつくり上げていくこと」でしょう。

クリエイティブな作業と言っても、実際にはジャンルを超えて多種多様なものが存在します。たとえば文豪が小説を書くことも、ビジネスパーソンがビジネス文書を作成することも、すべてクリエイティブな作業となり得ます。 そうしたクリエイティブな作業のすべてに求められるキーワードは「締め切りをつくること」です。

ある高名な作家は「執筆の動機は何か?」という質問に「預金通帳の残高が減ることだ」と答えたそうです。締め切りという制約をクリアしないことには、出版社から原稿料がもらえず、預金通帳の残高が減っていきます。

苦労して考えながら、成果物を仕上げる。これこそがクリエイティブの本質だそうです。同時に、プロとアマのクオリティの差と言えます。かって、モーツァルトやバッハも、まさに締め切りの連続でした。

バッハに至っては、聖トーマス教会で、日曜日やそれぞれの祝祭日ごとの儀式のために楽曲製作を請け負って生計を立てていた時代がありました。 夏目漱石も近代文学史に輝く名作『こころ』を書いたときも、まさにこの締め切りのおかげがありました。

そもそもこの小説は朝日新聞の連載小説として書かれたのですが、ストーリー後半の「先生と遺書」の部分は、次に連載を担当する弟子が失踪してしまい、師匠である漱石が必死に物語を引き延ばす苦肉の策であったと言われています。

漱石の才能はもちろんですが、締め切りのための時間稼ぎという"制約"が手伝って、この素晴らしい作品は生まれました。 締め切りを意識して、脳にプレッシャーをかける。すると、何かがひらめき、新しいヒントから解決策が出てきたりします。

自分を追い詰めて、脳を鍛えれば鍛えるほど、クリエイティブになっていきます。 つまり、締め切りがあるというのは、脳があれこれ必死に考えることができる絶好のチャンスなのです。

「寄せ集め」が脳を鍛える

文化人類学者のレヴィ・ストロースが提唱した「ブリコラージュ」という考えにも似ています。ブリコラージュとは、その場で手に入るあり合わせの材料を寄せ集め、それらの部品で何がつくれるかと試行錯誤しながら、最終的に新しいものをつくり上げていきます。

落語に三題噺と言うのがあります。これは、落語家が寄席でお客さんからランダムに三つのお題をもらい、即興でつくる噺のことです。 その代表作として、明治期の大名人、三遊亭圓朝の代表作に『芝浜』という人情話があります。これはお客様から「酔っ払い」「芝浜」「皮財布」という三つのお題をもらって即興で完成した三題噺落語です。

三つのテーマという制約のもと、頭をフル回転させて、瞬時に感動のストーリーをつくり上げる。これこそが、クリエイティブの真骨頂と言えるでしょう。

すぐやる脳を鍛える

とにかく締め切りをつくってみる。極端なことを言えば、毎日締め切りがある生活が望ましいのです。 そこで重要なのは、その締め切りが「自分の好きなこと」であること。つまり脳の「抑制」とならず、心地よい刺激になっているということです。

勉強や仕事においても、クリエイティブ能力をおおいに鍛え、発揮していくことです。 そして、アイデアにつまったら、いろいろなものを寄せ集めてみることです。

こうしたクリエイティブな作業ができるようになってくると、「すぐやる脳」が鍛えられ、どんどん成長していきます。

参考文献:『すぐやる脳のつくり方』 茂木 健一郎 著 Gakken

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