人間力を磨く

日本には「武士道」という、精神的なDNAがあります。これは日本の美学であり、「心の姿勢」を表す「道徳心」の集大成なのです。 武士道精神は、孔子の教えである儒教の「五常の徳」、仁、義、礼、智、信に基づいております。

「仁」は情けを表し、たとえ敵でも相手に情けをかけるのです。 「義」はフェアプレーを表し、勝負に勝っても不正行為で得た勝利は賞賛されないのです。 「礼」は思いやりを、相手に見える形で表します。「智」は物事の本質を見極め、常に切磋琢磨し、より良い手法を得ようとする心得なのです。

 「信」は信じる強さ、信頼を表し、本来の日本では契約という概念なくしても口約束で十分事足りるのです。 加えて「忠」は愛する者への自発的忠誠心を表し、強制されるものではありません。

無能な上司、主に服従、愛する行為を忠とは言わないのです。したがって尊敬していない者、愛してしない者への忠誠心は存在しえないのです。

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グローバリズムの浸透

日本は品格を失う傾向が続いています。その根本的な原因は世界中を席巻したアメリカ型資本主義、いわゆるグローバリズムの浸透と活字文化の衰退です。 グローバリズムとは1980年代、米国のレーガン政権が自国の国益だけを考え、半ば力ずくで推し進めた強欲な経済政策でした。

ミルトン・フリードマンを筆頭とするシカゴ学派の学説を鵜呑みにしたのです。それは一言でいえば、ヒト、モノ、カネが自由に国境を越える経済です。自由で公平な競争とはいっていますが、一切の規制を取り払って極限の利潤を追い求め、競争に勝った者がすべてを奪い取るシステムなのです。したがってこれは、1割の勝者と9割の敗者を生み出します。申間層を消す経済学です。

数学には「大数の法則」という定理があります。例えば、サイコロを10回振れば、回数が少ないため奇数と偶数の出る割合は7対3などとばらつきが出ることがありますが、1億回も振ればほぼ半々に収束します。

しかし、現実世界では勝つ者は勝ち続け、負ける者は負け続けるので、サイコロのように公平な社会に収束せず、ゆくゆくは1%の勝者と99%の敗者となることは必然でしょう。

しかし、ここにきてグローバリズムの不合理に世界が気づきはじめたようです。16年の米大統領選で自由貿易ではなく保護主義を訴えるトランプが勝利したこともそれを物語っています。

活字文化の衰退

電軍に乗れば、若い人から中年まで誰もが手にしているのはスマホです。かつてのような新聞や雑誌、本を熱心に読んでいる人はほんのわずかです。このままでは日本人の知的レベルは取り返しつかないほど劣化してしまいます。

現代の人たちはインターネットで断片的な情報を得ているだけです。しかも、ウェブサイトの情報の約8割は雑多な無用な情報です。情報をきちんと選択し整理したのが知識で、これを獲得するには新聞や雑誌を読まないと無理です。

しかも、知識では本当の力にはなりえません。それを使いこなすには、本を読んで教養のレベルまで高めなければいけません。

なぜ教養が必要かといえば、それが「大局観」を持つための唯一の手段だからです。大局観は玉石混交の情報から本物の情報を選び取る能力です。これがないと的確な選択はできません。

ポール・ヴァレリーというフランスの詩人が、詩作において大切なのは「アイデアを出すことと、そのなかから一番いいものを選択すること」と述べましたが、より重要なのは後者の「選択」だと付け加えています。

情緒のほとんどは機械にはない死に由来

最近、AI(人工知能)の活用によって、今ある職業の半分はAIに代替されてしまうといった議論を耳にします。 ウエートレスという仕事一つをとっても、ただ単にお客の注文を聞いて、それをテーブルに運んだら終わりといったものではありません。

お客の動きをじっと観察して、香辛料が欲しそうならテーブルに届け、お客がテーブルや床に飲食物をこぼしたり落としたりしたらすぐに拭き、子どもつれなら小さな椅子やおもちゃ、お子様用のメニューも持っていきます。AIに接客用のデータを学習させることは可能でしょう。ですが、もてなしの心、お客を「ほっ」とさせる接遇を教えることは無理です。

情緒のほとんどは、人が一定の時間の後に朽ち果てる、すなわち「死」という宿命を認識していることに由来しています。だからこそ「もののあわれ」とか「無常観」といった人間的に上質な感受性も醸成されるのです。

教養は品格を高めます

日本人の類いまれな美的感受性を支えているのが、美しい自然です。日本人は鋭い美的感受性により文学、芸術、数学、物理学などで著しい世界貢献をし、社会も進化させ、世界に誇れる一流国をつくり上げてきたのです。

元外交官で評論家の故岡崎久彦さんは、何人もの外国要人と折衝した経験則から「外交交渉でも最後に物をいうのは、その人の持つ人間性と教養だ」と語っていました。どの分野で力をふるうにしても専門知識などのノウハウは不可欠です。

しかし、それだけでは不十分で、物事は人間としての魅力で決まっていきます。さらに、深い教養がないと相手も全幅の信頼をおいてくれないし、認めてもくれないのです。 つまり、いつの時代、どんな地域においても品格を高めることが決定的に重要だということです。

参考文献:『PRESIDENT人間力の磨き方』 藤原 正彦著 PHP

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