遊びを入れる

経済学者オーストリア・ハンガリー王国で生まれたヨーゼフ・A・シュンペーターは「イノベーションとは、すでにあるもの同士を、これまでと違った方法で結びつけること」だと述べています。

 天才の発明も既存のアイデアを組み合わせに過ぎないと言われています。まったく新しいアイデアを生み出せと言われたら、諦めるしかありませんが、新しい組み合わせを考えるだけなら、我々でも何とかできそうになります。

たとえば、アイコンで使いやすくしたパソコン創りの経験とデザインなど多様な体験を結びつけて、スマートフォンを生み出したのがスティーブ・ジョブズです。

斬新なアイデアを生むためには、既存の常識を捨てなければいけません。そのためには現状を疑うことです。 なぜそうなったのかと、そして現状をいかに破壊し、いろいろと遊びを取り入れてやってみる価値がありそうです。

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「偶然性」を戦略的に取り入れる

なぜ自然界に「エラー」が存在するのか。 私たちは一般にエラーというものをネガティブなものとして排除し、できるだけ生産性を高めようとします。しかし、自然淘汰のメカニズムには「エラー」が不可欠で必須の要素として組み込まれています。

アリ塚では、働きアリの一匹が巣の外でエサを見つけると、フェロモンを出しながら巣まで帰ります。仲問の助けを呼び、他のアリは地面につけられたフェロモンをトレースすることでエサまでのルートを知り、巣まで手分けしてエサを運搬という作業が行われています。

アリにとってエサの獲得効率を最大化させるカギは、フェロモンをどれくらい正確にトレースできるかという点にあるように思われます。しかし、これが実はそうではないのです。

広島大学の西森拓博士の研究グループは、このフェロモンを追尾する能力の正確さと、一定の時間内にコロニーに持ち帰られるエサの量の関係を、コンピューター・シミュレーションを使って分析するという研究を行っています。

アリAが六角形を多数つないだ平面空間で、エサを見つけると、仲間をフェロモンで誘引するアリAが移動するように設定します。 Aを追尾する他の働きアリには、Aのフェロモンを100%間違いなく追尾できるマジメアリと、一定の確率で左右どちらかのコマに間違えて進んでしまうマヌケアリをある割合で混合します。

マヌケアリの混合率の違いによってエサの持ち帰り効率がどう変化するかを調べました。 するとどうしたことか、完全にAを追尾するマジメアリだけのコロニーよりも、間違えたり寄り道したりするマヌケアリがある程度存在する方が、エサの持ち帰り効率は中長期的には高まることがわかりました。

つまり、アリAが最初につけたフェロモンのルートが、必ずしも最短ルートでなかった場合、マヌケアリが適度に寄り道をして道を間違え、偶然に最短ルートを発見します。

すると、他のアリもその最短ルートを使うようになり、結果的に「短期的な非効率」が「中長期的な高効率」につながります。

この研究は、私たちが何気なく用いている「生産性」という言葉は、実は問題を含んだ効率の程度を示唆しています。 フェロモンを正確にトレースできないマヌケアリが偶然に「新しいルート」を見つけるまで、生産性は一時的に低下します。

ところが、ここに「時間」と「偶然」という要素が入り込んで、マヌケアリがフェロモンをトレースすることに失敗して「偶然に」もっと効率的な新しいルートを発見し、生産性は飛躍的に高まることになりました。

つまり、ここでは「中長期の生産性向上」と「短期の生産性向上」がトレードオフの関係になっています。これはイノベーションマネジメントが持つ本質的な難しさのポイントです。

短期的な生産性を高めるためにはエラーも遊びも排除して、ひたすら生産性を高めるために頑張るのが得策かもしれません。しかし、そのようなことを続ければ中長期的な視点で、飛躍的に生産性を高めるための偶然の発見はもたらされないということです。

特に、現在のように先行きの見通しが不透明で、何が正解で何が不正解なのかはっきりしない状況において、いたずらに短期的な生産性だけを求めるのはオールドタイプの思考様式だと断じるしかありません。

このように考えてみれば、意識的に遊びを盛り込みながら、セレンディピティ(偶然によってもたらされた幸運)を通じた飛躍の機会を意図的に含ませるニュータイプの思考様式が求められています。

アリ塚の研究から得られる示唆を組織論の枠組みで考えてみることが重要です。 遊びとイノベーションの偶然性を戦略的にどのように盛り込むかが重要です。

革新的な業績を数10年にわたって起こし続けている企業の多くが、生産性を求める「規律」だけでなく、絶妙に「遊び」を盛り込んでいる理由が見えてきます。 その代表的な会社が3Mです。研究職に対してその労働時間の15%を自由な研究に投下していいというルールを設定しています。

これだけ聞けば「随分と自由奔放な会社なんだな」と思われます。 しかし、一方で、同社では過去3年以内にリリースした新商品が、売上高の一定比率を上回っていなければいけないという厳しい規律を管理職に課しいます。

「規律」=「常に新しい商品が生み出され続けること」を実現するためです。 また、グーグルなどにも同様に、次々と新しいサービスや新商品を生み出すため、仕組みや程度は異なるもの、この「規律」と「遊び」のバランスが絶妙に、採用されている仕組みです。

今日のような不確実な世界において、オールドタイプの思考様式では、いたずらに「何の役に立つのか」ということを追求して「遊び」のもたらす偶然の機会を排除しようとするものです。

先の3Mのようなニュータイプは「規律」のなかに「遊び」を持たせる余地を戦略的に入れ込みながら、偶然のもたらす大きな飛躍を追求します。 しかし、多くのイノベーションは、「結果的にイノベーションになった」に過ぎず、当初想定されていた通りのインパクトを社会にもたらしたケースはむしろ少数派なのです。

「何の役に立つのか」という点を明確にしないまま、興味の赴くままに野放図に開発をすればいいのかというと、それでは成果が出るとも思えません。 例えば、コンピューターの歴史についてゼロックスのパロアルト研究所の話を聞いたことがあるでしょう。

パロアルト研究所は、現在のコンピューターでは常識となっているマウスやGUI、オブジェクト思考プログラミング言語、また、さまざまなデバイスやアイデアとを先駆的に開発したにもかかわらず、何一つそれらを商業化できませんでした。

挙句の果てにそれらの発明がもたらす果実をすべて他社に取れれてしまいました。ここは、我々は非常に大きなジレンマを見出します。

「用途市場を明確化せずに研究者の白昼夢に金をジャブジャブつぎ込み続けた結果、素晴らしいアイデアがたくさん生まれたにもかかわらず、1円も儲からなかった」という悪夢のような事例です。

イノベーションに求められる「野生の思考」

ここで重要になるのが「何の役に立つのかよくわからないけど、なんかある気がする」というニュータイプの直感です。 これは人類学者のレヴィ・ストロースが言うところのブリコラージュ(寄せ集めて自分で作る)と同じものと言えるでしょう。

レヴィ・ストロースは、南米のマト・グロッソのインディオたちを研究しました。彼らがジャングルの中を歩いていて何かを見つけると、その時点では何の役に立つかわからないけれども、「これはいつか何かの役に立つかもしれない」と考えてひょいと袋に入れて残しておく、という習慣があります。

翻って、現在の日本企業においては、「それは何の役に立つの?」という経営陣の問いかけに答えられないアイデアは資源を配分されません。

しかし、世界を変えるような巨大なイノベーションの多くは「何となく、これはすごい気がする」という直感に導かれて実現しているのだということを、我々は決して忘れてはなりません。

参考文献:『ニュータイプの時代』 山口 周 著/ダイヤモンド社

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