「読める」かどうかが・・

AIが進化して、従来、人間が従事していた仕事の中にはロボットに取って代わられる時代の到来が予想されます。  しかし、スケジュールの調整、お礼状の返礼、問い合わせへの対応等、1人で様々な仕事を処理する秘書の場合は、それをAIが全部肩代わりすることはできません。

このように、AIには、経験や人間としての倫理観や正義感に基づいて、あるいは所属している組織のダメージにならないよう、その場で瞬時に、どれが重要かを判断し、何らかの例外が起きた時の処理は難しいです。

 例外処理が苦手で定型的なことしかできない、また、他の部署や別の職種に移った時に柔軟に対応できない人は、新たな賃金格差が生まれる可能性が生まれてくるでしょう。

 新たな知識やスキルを学ぶためには、教科書や参考書を読んで正しく理解する読解力がなにより大切になります。「読める」かどうかが、人生を大きく左右することになると言われています。

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言葉の意味を正確に理解する

「聞けばわかるだろ! ちゃんとやれよ!」と声を荒らげる上司。しかし聞いたつもりになっている部下にしてみれば、「イジメられている」「パワハラだ」としか受け止められかねません。ビジネスの現場では、日々のメールかち始まり、上司の指示や報連相などを正しく理解する能力が求められます。

そんな業務遂行能力を測るものとして、「リーディングスキルテスト」というものがあります。これは国立情報学研究所を中心とした研究チームが、大学入試を突破する人工知能の研究を通して開発し、基本的読解力を測定するためのテストです。小学校6年生から一流企業のサラリーマンまで受けています。

このテストで、有名になったのがメジャーリーグの問題を、あるテレビ番組で出題しました。なんと東大生の正解率は52%でした。一流企業のビジネスパーソンでも間違える人が相当数いました。「問題が難しすぎるのでは?」と思うかもしれません。しかし、小学生でも正解できる簡単な問題でした。

「メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多くおよそ35%である」この文を読み、メジャーリーグ選手の出身国の内訳を表す図として適当なものを、4つの円グラフからすべて選びなさいというのが問題です。

この問題のように「テキスト」と「非テキスト」を結合できなければ、プレゼン資料を作ろうとしても、グラフや手続き図、イメージ図、地図などを正確に盛り込めません。

また、「ブロックチェーン」や「ビットコイン」などといった新しい言葉や、ビジネスにおける新しい概念に対し、たとえ話はわかっても、正確な意味を捉えられません。世の中がどんどん動いて変化している中で、新しい知識をぼんやりとしか理解でないタイプの人間は、新しいテクノロジーが会社に入ってくることに関して怖さや違和感を持ちます。

新しい言葉の定義を理解できない人は、自学自習ができない人でもあります。たとえば会社から、「コンプライアンスを徹底するため」とか「著作権法が改正されたので」などといった理由で、eラーニングによる研修を課されても習得できません。これは、資格が必要な職種ではより深刻な問題です。

資格試験を何度受けても合格できない可能性が高いのです。人手不足の中で企業が採用活動をするとなると、「でなく」「のうちに」「以外の」「のとき」といった条件を定義する言葉の意味を正確につかめず、かつ、新しい語彙を獲得できないような人間をうっかり雇いかねません。

企業の生産性向上ためには、そこがボトルネックになるわけです。「きちんと読める」「きちん書ける」「きちん話せる」というコミュニケーションに関して、ミスがないことを最低条件に採用活動をすることのほうが重要です。

「『読解力』と『柔軟性』は全く別の話ではないの?」と訝しがる向きもあるでしょう。しかし、読解力がある人間とは、どんどん勝手に新しい知識を吸収できる人間です。

だから、変化に対する恐怖心がないため、柔軟な発想ができるのです。企業にとっては非常にありがたい存在です。 企業が生産性を向上させたければ、まず従業員にリーディングスキルテストを受けさせて、資格が取れそうな人間と、いくら時間をかけても取れそうにない人間を選別するのが早道です。

定義と具体例を行き来できるぬか

「コミュニケーション力」というと「人間力」という捉え方をしがちです。そうではありません。たとえば、クライアントと話し合った結果を、契約書や仕様書に落とし込んでいく力というのは、結局は読解力です。

メジャーリーグの問題のようにテキストと非テキストを結合できるかどうか、ある定義を通して「偶数」という新しい言葉を獲得できるかどうか、それができれば、「定義」と「具体例」との間を正確に行ったり来たりできます。

仕様書はまさに定義であり、クライアントの「こういうものを実現したい」という要望が具体例に当たるわけです。いくら人間力が高く、人当たりがよくても「定義」と「具体例」との間を正確に行ったり来たりできなければ、「いい人なんだけど、あの人と仕事をしてもなぜか生産性が低いね」と言われます。

「読めばわかる」人間と、「読んでもわからない」人間がいるはずです。後者の人間は、読解力がないだけでなく、上司からの指示・命令も正確に把握できません。つまり聞く力もないのです。

気の毒なのは、「読めばわかる」人間である社長など経営陣と、「読んでもわからない」部下との板挟みになる部長。

経営陣にしてみれば、日頃、現場の社員一人ひとりと接する機会が少ないので、「読んでもわからない」人間がいるなんて想像もでません。

だから部長に対し「なぜ、こんなにミスが多発して、生産性が低いんだ」と責め立てる。あげく、部長が部員の質の低下を嘆いたところで、経営陣からは「君の人材育成能力に問題があるんじゃないのかね」と言われる始末です。

頭がいいか悪いかではなく、リアルな問題解決をしてきたかどうか

行動半径が狭く、リアルを体験していない若者が多いのも大問題です。じつはリーディングスキルテストを開発する過程で、東大生にある問題に答えてもらいました。

それは、「辞書に書かれた葛藤の定義に基づいて、『葛藤という言葉を用いて思いつく文章を4つ書いてください」というもの。

すると、「私は東大文1に進学したいのに、親に理Ⅲに行けと言われて葛藤が生じた」「ダイエット中、母親からメールがあり、『今日、ハンバーグとカレーでどっちがいい?』と言われて葛藤した」「地球に宇宙人が攻めてきて、地球の終わりに何をすべきか葛藤した」といった感じで、大学受験や親、ダイエットに関する話と、突然、世界の終わりといった話しか出てこない。リアルな経験が乏しく、興味や関心の対象も狭いことがうかがえます。これでは市場のニーズを捉えることなど無理です。生産者にはなれません。

これは東大生に限った話ではありません。比較的裕福な家庭で育った子供たちにはありがちなことです。旅行に行くとしたら全部がお膳立てされたパック旅行、大学受験に際しても塾や家庭教師が問題点を見つけ、それを解消するための道を整えてくれる。家に帰れば「○○ちゃん、ご飯よ」と声がかかり上げ膳据え膳、パンツも洗ってくれている、といった状態だと、自分でリアルな工失をする余地がないわけです。

単なる「消費者」としてのみ生きできた人間に「生産者」としての工夫の余地が生まれるわけがありません。 するとどうなるか。「自分がつくりたいモノ」だけを研究してくるようになってしまいます。

そこで、「その商品は、どんな人が、何人くらい、いくらで買うの」と聞くと、「え!これって、すごく難しいんですよ!」と的外れな答えしか返ってきません。世の中のニーズではなく、自分のニーズでしか物事を考えなくなってしまいます。

世の中にある具体的な問題を、具体的に解決するために新たな商品やサービスをつくり出さなければなりません。しかもそれを持続可能なものにするには、お金が必要であり、お金が回るようにしなければなりません。

非常に当たり前のリアルが、ごっそり抜け落ちているわけです。読解力をつけるうえで、絶対に必要なのが「リアルで具体的な渇望感」や「お金が足りない」とい体験です。前者は、キャンプに出かけたのに、うっかりライターを忘れたとき、どうやって火をおこすか? 

また、停電になったときに寒さのなかで、暖かぐして寝るための工夫といった経験でもいいのです。人類が火をおこしたり、毛皮を身にまとったりするようになったのは、そうした渇望の中で工夫をしたからです。

リアルな体験に基づいた「読み取る力」があるか、「聞き取る力」があるかで、仕事の成果は大きく左右されます。

参考文献:『 プレジデント 2016/06/18号 「聞く力」入門 』プレジデント社

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