■諦めず・・・
かって、「結果」のみを求める成果主義が風靡した時代がありました。目標を設定し、達成するための計画を練り、それを実行する。 この方法を採用した場合には、結果や短期的な成果だけを追い求める傾向になり、さまざまな問題が生じてしまいます。
今すぐには儲けにつながらなくても、試験的、実験的、種まき的なチャレンジし、長期的な視野で創造力をはっきも評価される制度を築いてこそ、最も大事な資産である「人」が育ちます。
遊び心を持ち、逆境から逃げず、敢えて逆境の中に飛び込んでいく人、前例の無い初めての仕事を歓迎する人にこそ創造力が育っていきます。
その創造的な能力を発揮できる仕組は、失敗をしても、諦めず再挑戦できる環境をしておくことが重要です。そのような雰囲気の場で課題に取り組む社員は、会社にとっても、幸せな結果を招くことになります。
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あえて回り道をする
問題や課題に取り組むとき、私たちはつい直線的にゴールを目指してしまいます。そのほうが、効率がよさそうに見えるからです。しかし、必ずしもそうではありません。特に答えに至る道筋が分らないときには、回り道をしたほうが上手くいく場合も珍しくありません。
ここでキーワードとなるのが、好奇心です。 好奇心のおもむくままに進むキュリオシティ・ドリヴンと言われるゴールとは、一見関係なさそうな方向に方法があります。一見、非合理・非効率に見えますが、ゴール・オリエンテッド(目標を明確に定め、最短距離をー直線に進む)とはまったく違う、当初の目的に縛られない自由な発想を得ることができるのが特徴です。ヘンシュ博士は、独創的な研究の進め方としてこのやり方を推奨しています。
キュリオシティ・ドリヴンとは脇道・横道の効用をたんなる偶然の産物としてではなく、むしろ積極的に取り入れようという戦略です。もちろん・ゴール・オリエンテッドのほうが、成果があがる場合もたくさん存在します。そのことを踏まえつつ、脇道・横道を排除しないことが大切です。
普段はまっすぐゴールを目指して走っているのだけど、折に触れて好奇心をはたらかせて、あえて道草をしてみるという心の余裕が、新しい発想を生むというイメージでしょうか。遊び心を大切にする物事の進め方と言ってもよいかもしれません。
自ら設定した目的をしっかりと見据えて歩みつつも、脇道に見慣れない石が転がっていたら、ちょっと足を止めてそれをじっくりと眺めてみる。そのような広い視野と柔軟な姿勢が物事を多角的に見る目を養い、斬新な発想を生むための頭の訓練となるのです。
そうは言っても、やはり遠回りするのは非効率に見えるでしょう。ところが、実は世界を揺るがせた大発見の多くは、ゴール.オリエンテッドではなく、キュリオシティ・ドリヴン的な「脇道」で見つかっているのです。
1例として、タッチパネルなどに使われている導電性高分子(ポリマー)の発見も、白川英樹博士の研究室にいた研究生が、通常使用される1000倍もの量の触媒を加えてしまったことがきっかけでした。
常識はずれの濃度の触媒を加えてしまうというハプニングのために、以前は粉末状のものしかできなかったポリマーがフィルムになったのです.このミスがなかったら、白川博士のノーベル化学賞受賞も、私たちが日々使っているタッチパネルも存在しなかったかもしれません。
2例として、「半導体におけるトンネル効果の実験的発見」でノーベル物理学賞をとった江崎玲於奈博士の発見も、不良品のトランジスタを解析する過程で偶然発見されたものだそうです。
この場合も、不良品を単にチェックするだけで終わっていたら、発見にはつながらなかったでしょう。その背後にある物理現象を好奇心を持って探究したからこそ、トンネル効果の発見に至ることができたのです。
一方、キュリオシティ・ドリヴンをビジネスの分野でも活用している事例があります。その代表例がグーグルです。グーグルには、勤務時間の20%をそのとき関わっているプロジェクト以外の好きなテーマの研究に使ってよいという「20%ルール」があるそうです。Google News(世界中のニュース提供元から集約した広範囲にわたる最新情報)などのアイデアはこの20%の時間から生まれたものです。
先の東日本大震災で大いに活用された安否確認サイト「パーソンファインダー」は、グーグル日本法人に勤める社員たちの思いつきによって、地震発生2時間後には動き出したそうです。
もちろん、企業にはその時々の目標があるでしょう。それをできるだけ効率的に達成できるよう、ゴール・オリエンテッド的に社員を導くことは企業戦略としてなくてはならないものだと言えます。
しかし社員の可能性を信じ、キュリオシティ・ドリヴンの効果によって自由な発想を引き出そうとする20%ルールも、とても興味深い戦略であると言えるでしょう。
自ら考えることが好きな優秀な人は、そんな魅力的な企業に就職したいと希望するでしょうから、リクルート戦略の点から見ても優れていると思われます。
日々忙しい生活を送っている社会人の方々にとっては、好奇心のおもむくままに脇道、横道にそれる余裕がないと思われるかもしれません。目の前にある課題をゴール・オリエンテッドにこなすだけで精一杯だという人もいるでしょう。
しかし、努力して時間をつくり、そのなかで自分なりの「20%ルール」を生活に取り入れる習慣をぜひ身につけてください。好奇心のおもむくまま、いろいろな課題にチャレンジしてみてください。そうすることで自らの発想が自由になり、視野が広がるにつれ、日々の課題もこれまでとは違った視点から眺められるようになるはずです。
「このような小さな努力を積み重ねることで、次第に物事を広角的に見ることができるようになり、豊かな発想が自然と湧き出してくる。」と実感できるでしょう。
疑問を大切にすることで、セレンディピティを高める
セレンディピティという言葉はイギリスの元首相ロバート・ウォルポールの息子である小説家・政治家ホレス.ウォルポールが18世紀につくった造語で、物事の中に潜む価値を見抜く能力を指す言葉です。運よく見つけ出す能力、偶察力、と訳されることもあります。
ノーベル賞を制定したアルフレヅド・ノーベルも、保存容器に空いた穴か漏れたニトログリセリンが固まっていたことから、珪藻土を安定剤として使うダイナマイトを発明しています。
ふとしたことをきっかけとしてそれを大きな発見へと結びつける能力ということができます。当然のことながら、創造的な仕事をしたいと願う人にとっては、ぜひとも高めたい能力でしょう。
そのコツは、心に余裕をもつように心がけ、ちょっとした疑問も大切にするということです。疑問が湧いたらちょっと立ち止まって考えてみましょう。たいていの疑問はそれで解決します。その場で解決できない疑問はメモに取っておきましょう。
そして、メモに取った疑問をあとでもう一度考える機会を持ちましょう。小さなメモ帳に書いておけば、通勤や通学の電車の中でも読み返すことができます。 こうした作業を繰り返していくと、身の回りで起こっていることに対する感受性が高まってきます。そして、ふとしたきっかけで興味深いテーマやイノベーションのきっかけがつかめるものです。
興味のある問題についてあらゆる角度から思索する日々を過ごしていると、まるで鋭敏なセンサーのように、日常のふとした出来事の中に着想のヒントを見つけられるようになるのです。それが、問題の解決へと至る突破ロになります。
一生懸命やっていだことが失敗したら、誰でもガッカリします。しかし、「もうだめだ」と思って諦めてしまうと、今までの努力が本当に無に帰してしまいます。でも、失敗は裏を返せば、成功へ至る道へのヒントでもあるのです。
諦めてしまわずになぜ失敗したのか、なぜうまくいかなかったのかを分析してみましょう。それによって成功への道筋が見えてくることもあるのです。
人の人生には運不運がつきもので、何をやってもうまくいかないときがどんな人にもあります。そんなときも諦めさえしなければ、成功の可能性は消えないのです。精神的に疲れてしまったときは、無理をせずに思い切って休めばいいのです。そうすれば、ゆっくりかもしれませんが、また内なる力が湧いてくるものです。
そう考えると、世間の人々が「偉人」と呼んでいる人の真価は決して「頭の良さ」ではなく、「諦めない人間力」にあることが分かります。そして、この「諦めない人間力」こそが、学問やビジネスの世界だけではなく、およそ人間活動のすべての分野に、当てはまる創造力の源泉ではないでしょうか。
参考文献:『考える力の鍛え方』 上田 正仁 著/PHP文庫