感動を与える・・

ある調査で、ハーバード・ビジネス・スクール出身者(MBA)は卒業後、わずか1年以内に30%が転職するとのことです。この場合の転職はさらによりいいポジションへと転職を意味します。

さて、今度は10年後、「どんな能力があなたを成功に導いたと思いますか」とアンケート調査したところ、なんと85%の人が「Interpersonal Skills」と答えています。当初、調査会社が予想した「ビジネス・スキル」,「マネジメント・スキル」、「ファイナンシャル・スキル」 と回答した人はたったの15%しかいなかったのです。

この結果は一瞬、唖然とさせられますが、よく考えてみるとたしかにそのようです。腑に落ちます。「Interpersonal Skills」を正確に訳すと「対人関係能力=人間通」です。

人はどんなときにやる気になるか、どんなとき腐るのかなど喜怒哀楽、人情の機微の重要性を示唆しています。誰でもができそうだけれど、これができないのです。知識のある人は他人を感心させるが、感動させることは難しいのです。 人間通だけが人に感動を与えます。

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成功するマネジャーとは

皆さんの職場には、「完璧主義者」と呼ばれるマネジャーがいないでしょうか? 「なぜ、あんな小さなことに、あれほどこだわるのか?」と周囲が不思議がるマネジャーです。 しかし、この人は「仕事はできる」との評価もまた、衆目一致しているのです。

たしかに、世の中には、単に「重箱の隅」をつつくだけの「瑣末主義者」とでも揶揄したくなるようなマネジャーも多いのですが、この「完璧主義者」のマネジャーは違います。部下からの支持と信頼は極めて厚いのです。 例えば、マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツです。

彼は、誰もが認める成功した経営者ですが、彼の数多くのエピソードの中で興味深いのは、毎朝起きると「マイクロソフトの隆盛もこれが頂点かもしれない」との懸念が、必ず頭に浮かんでいたそうです。「ここで下降時代に入ってはならない」と考え、さらに危機意識を高めて仕事に精力的に取り組んでいたのです。

神は「細部」に宿る

以上のことを理解する一つの鍵は、やはり「複雑系」にあります。 複雑系には、摂動敏感性(小さな変化が大きな変化に)と呼ばれる性質があります。

システムの一部の「小さな変化」(ゆらぎ・摂動)が、システム全体の「大きな変動」をもたらす性質のことです。こうした「摂動敏感性」が生じる理由は、複雑系においては自己加速的な循環構造が存在するため、循環構造の一部に生じた「小さな変化」が、急速に全体に波及し、極めて「大きな変動」をもたらしてしまうのです。

例えば、ある商品開発担当者の何気ないアイデアが小さなヒット商品を生み出します。その結果、ヒット商品が生み出す収益によって、商品開発への投資が増えます。それにともない、商品開発部門のスタッフの意欲が向上し、さらにまたヒット商品が生まれます。

そして、これが収益を一層向上させ、同時に企業イメージを改善していきます。その結果さらに、それが市場でのブランドカを高め、ますます販売成績が向上していきます。こうした現象が起こるのです。

成功するマネジャーは、意識的にも、無意識にも、企業や市場という複雑系が、「小さな変化が大きな変動を生み出す」という性質を持っていることを知っているのです。言わば、これらのマネジャーは、「神は細部に宿る」の言葉が真実であることを体得しているのです。

こだわるべき「細部」

もし、すべての「細部」にこだわるマネジャーがいたならば、彼は必ず健康を損ねるか、寿命を縮めているのではないでしょうか。 彼らは、仕事において、すべての「細部」にこだわっているわけではありません。それは絶対的に不可能なことでしょう。。

では、これらのマネジャーは、何をやっているのか? これらのマネジャーは、こだわるべき「細部」と、こだわらなくてもよい「細部」を明確に区別しているのです。。

複雑系の言葉で表現すれば、「大きな変動」につながる可能性のある「小さな変化」と、「大きな変動」につながる可能性のない「小さな変化」を見分けているのです。。

しかし、そのために彼らが用いているのは、決して分析力や推理力ではありません。彼らが用いているのは、やはり直観力や洞察力、さらには大局観なのです。。

彼らは、そうした力量を用いて、企業や市場の持つ極めて複雑な循環構造を全体的に見つめ、そこに生まれる可能性のある自己加速性を深く感じとっているのです。「直観に導かれるこだわり」を強く持つからこそ示す姿なのです。

細かな「気配り」

不思議なことに「あの人は完璧主義者だ」と評されるマネジャーに、「あの人は気配りの細やかな人だ」との評価を得る人物が多いのです。

彼らに与えられる「気配りの細やかな人」という評価は、人間や人間集団の「こころの流れ、感情の起伏」を読み解く力が優れていることを意味しています。そして、この能力はマネジャーにとって最も大切な資質に他ならないのです。

職場の「こころの生態系」

この「こころの生態系」とは、職場のメンバーの一人ひとりの心が集まって、互いに結びつき、互いに影響を与えあいながら変化していく一種の「生態系」のことです。

そして、この「こころの生態系」とは、企業、市場、社会の根底に存在する、ある意味で最も高度な複雑系であります。それゆえ、その中において「神は細部に宿る」という、この「こころの生態系」においては、そこに生じる「小さな変化」が、極めて「大きな変動」を生み出してしまうのです。

従って、熟練のマネジャーは、「こころの生態系」の本質について、意識的にも、無意識的にも熟知しているのです。そして、この「こころの生態系」において、小さな変化が大きな変動を生み出すとの想いを巡らせるために何が必要かを熟知しています。

それゆえ、こうした熟練のマネジャーは、「言葉」の使い方が極めて細やかです。こうした「完璧主義者」のマネジャーは、当然のことながら、メンバーの一人ひとりに対するアドバイスも細やかです。

しかし、誤解してはなりません。「細やか」であるということは、「細かい」という意味ではないのです。

熟練のマネジャーが示す「完璧主義」とは、あくまでも直観力や洞察力にもとつく「細やかさ」に他なりません。しかし、そうした直観力や洞察力を持たず、ただ「細かさ」だけに目を奪われるとき、マネジャーは「瑣末主義」に陥るのです。

「細やか」と「細かい」の違い

1997年度のプロ野球日本―に輝いたヤクルトの野村監督のエピソードです。日本シリーズが終わった後、野村監督はキャスターの質問を受けました。「監督、やはり勝因は、データ重視の野球にあるのでしようね」と。この質問に対して野村監督は撫然として答えました。

データ重視の野球ならば、いまどき、どのチームでもやっています。肝心なことは、その膨大なデータの中から、試合に勝つための大切なポイントを掴み取り、それぞれの選手の能力・性格などを勘案し、分かりやすく簡潔に指導することです。

学ぶべきは、仏教で言う対機説法(相手の素質・能力に従って法を説く)の意義です。選手一人ひとりに適切なアドバイスをするということは、相手の「機」に応じてアドバイスをするということに他ならないからです。それが、「細やか」なアドバイスという意味です。

そのアドバイスは、相手の「機」に応じたものならば、たった一つでもよいのです。しかし、それは、言葉にすることは簡単ですが、実際にそれを実践しようとすると、極めて難しいのです。

なぜならば、そうした「細やか」なアドバイスをするためには、メンバーの力量や性格をどこまで深く観察しているか、アドバイスを行うときにメンバーの状況や気持ちを、くみ取る努力をしているかが問われるからです。それゆえ、「こころの生態系」のマネジメントにおいては、極めて高度な直観力や洞察力が求められるのです。

「日ごろ、部下の行動、しぐさから彼らのこころを観ているか」、「人間本来の特性いうものを理解しているか」、深く問われるのです。そして、そのことに気づくとき、「人間学」や「人間通」ということの真の本質を自覚し始めるのです。

参考文献:『なぜマネジメントが壁に突き当たるのか』 田坂 広志 著/ 東洋経済新報社

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