経営の本質とは・・

経営理念とは、「会社や組織は何のために存在し、経営をどういう目的で、どのような形で行うことができるのか」ということを文章にしたものです。 経営者は基本的な概念を周知、社員と行動や判断の指針を共有化します。

社員が理念自体に共鳴すれば、働く意義を感じとり、企業における求心力にもつながります。すなわち経営理念は企業文化を形成する主要な要素となります。 経営理念が難しいのは、適切な設定をしても時代とともに形骸化し、現実と乖離してくることがあります。

どれだけ優れた経営理念やビジョンであっても、時代に合わせて方向を再設定、再定義し、変更のタイミングを見極め、新たな道を踏み出さなくてはならないこともあります。 しかし、時代の流れを超えて一貫した経営の姿勢を貫くという企業としての在り方を示すことが重要なキーになります。

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会社は社員を幸せにするために

伊那食品工業は、寒天を製造している会社です。長野県の伊那谷に、伊那食品工業が誕生したのは1958(昭和33)年のことです。

伊那は東西を山に挟まれ、その中心を天竜川が流れ、冬の寒暖の差が激しい土地柄です。その気候を利用して、昔から農家の冬場の仕事として寒天が作られていました。

急成長は敵、目指すべきは「年輪経営」

伊那食品工業は1958年の創業以来、2005年までの48年間、ほぼ増収増益を続けてきました。寒天という地味な商品を、自ら市場を開拓しながら、ジワジワと育て、増収増益を続け自己資本も充実し、ほぼ無借金経営を実現しています。

会社の永続を願い、「遠くをはかる」経営を心掛ける。もちろん、会社ですから、山あり谷あり、いい時も悪い時も無理をせず、低成長を志して、自然体の経営をしてきました。

会長の越塚氏はこの経営のやり方を「年輪経営」と呼んでいます。以下越塚氏自身が社員の幸せにするため、努力してきた想いを書き綴ったものです。 木の年、輪のように少しずつではありますが、前年より確実に成長していく。

この年輪のような経営こそ、私の理想とするところです。年輪は、その年の天候によって大きく育つこともあれば、小さいこともあります。しかし、前の年よりは、確実に広がっている。年輪の幅は狭くとも、確実に広がっていくことが大切なのです。

年輪の幅は、若い木ほど大きく育ちます。年数が経ってくると、幅自体は小さくなります。それが自然です。会社もそうあるのが自然だと思います。会社も若いうちは、成長の度合いが大きいものです。年数を経てくると成長の割合は下がってきますが、幹(会社)自体が大きくなっているので、成長の絶対量は増えているものです。

また、木々は無理に成長しようとはしません。年輪は幅の広いところほど弱いものです。逆に、狭い部分は堅くて強いものです。こうしたところにも、見習うべき点があります。

実は、年輪経営にとって、最大の敵は「急成長」なのです。経営者に とって、この急成長ほど警戒しなければなりません。後でも触れますが、当社にもかつて何回か大手スーパーから「商品を全国展開しないか」というお誘いがありました。私は熟慮した末に、このお話を断らせてもらいました。

商品をスーパーで扱って頂ければ、売上げは急成長するでしょう。しかし、私は、「身の丈に合わない急成長は後々でつまずきの元になる」と判断しました。年輪のように、遅いスピードでもいいから、毎年毎年少しずつ成長していくことを選んだわけです。

ところが、年輪経営を心掛けていたが、抗し難い波が押し寄せました。それは、2005年に巻き起こった寒天ブームです。テレビの健康番組で、寒天は健康にいいということが広まって、一挙に需要が増えたのです。

それまでも寒天に含まれている水溶性の食物繊維が体にいいことは分かっていましたが、ダイエットブームと相まって、まさに火が付いた状態でした。それでも、いつもなら私は無理をするような増産には踏み切りませんでした。

しかし、お年寄りの方や福祉・医療関係者から、「ぜひ使いたいので頼む」とお願いされたことが心に響きました。 越塚氏は社員のみんなに「急成長は望んでいないが、こうした寒天を切実に必要としているお客様がいるので、どうしたものか」と相談しました。

社員たちは「そういう事情であればやりましょう」と応えてくれました。 2005年、伊那食品工業はそれまでやったことなかった昼夜兼行態勢で寒天の増産に取り組みました。その結果、この年の売上げは前年比40%増となりました。かつてない伸び率に、喜びではなく懸念を感じていました。

案の定、寒天ブームが一段落した2006年からは、売上げが減少に転じました。利益も前年を下回りました。過大な設備投資などはしていなかったので、通常の生産体制に戻すだけで、大きな痛手は受けなかったのですが、それでもこの後遺症から脱するには数年かかりました。逆に、寒天ブームは「年輪経営」の正しさを、教えてくれたのです。

社員が「前より幸せになった」と実感できることが成長

「売上げの伸び=会社の成長」と見るから、売上げを増やすことが会社の第一目的になってしまうのです。売上げが大きく増えたから、会社も大きく成長したと思うことは、錯覚でしょう。

私は、会社はまず社員を幸せにするためにあると考えています。売上げを増やすのも、利益を上げるのも、社員を幸せにするための手段に過ぎません。

年輪経営は、「売上げも利益も前年を上回ればいい」ことが目安です。 大幅な売上げ増、利益増は、求めていません。何かのチャンスがあって、無理をすれば一年でできることも、自然体で二年、三年と時間をかけて達成していきます。その方が、会社を永続させることにもつながるわけです。

越塚氏は、会社が成長するということは、社員が「あっ、前より快適になったな、前より幸せになったな」と実感できることだと考えています。 快適さや幸せを感じる度合いがだんだんに高まっていくこと。これが会社の成長させている証なのです。売上げも利益も、この会社の成長の手段に過ぎないと思います。

幸せを感じるとは、給料が増えるとか、より働きがいを感じるとか、より快適な職場で働けるとか、さまざまなことがあるでしょう。これらの実現と会社永続のバランスを取りながら経営していくべきだとことが大切です。

利益それ自体に価値はない、どう使うかが大事

「利益」はそれ自体に価値があるのではなくて、「利益」をどう使うかによって価値が生まれるのです。経営者にとって、この「利益をどう使うか」は、最も重要な課題です。この判断で、「この会社は何のためにあるのか」「どんな会社にしたいのか」が問われます。

利益を「社員の幸せ」を増やすために、使おうと考えています。 単純に、給料を上げればいいと言うものではありません。一時的に大盤振る舞いしても、会社が続いていかないようでは元も子もありません。

毎年、少しずつでも給料が上がっていくことで、社員の幸せ感も増していくものです。 ここ10年間、毎年10億円以上続けてきた投資にしても、生産設備の増強だけに費やしてきたわけではありません。

他の経営者からは「もっと工場とか機械に投資すればいいのに」と見られているかも知れません。社員の職場環境を良くしようとして本社敷地の公園化、社屋の拡充などに、また福利厚生の充実に、かなりの額を振り向けました。

社員旅行も40年前から、会社が補助を出して隔年で海外旅行を実施してきました。 さらに、地域貢献として、歩道橋を設けて通学路としたり、公道が利用できるにもかかわらず、混雑を避けるために脇に私道を作ったりしました。

他にも、伝統芸能である「能と狂言」を地元で楽しんでもらうための「伊那能」や、小沢征爾氏が指揮する「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」などに協賛を続けています。と越塚氏の築いてきた理念の想いです。

伊那食品工業は半世紀の問、増収増益基調できました。増収増益だから、このようなことができたのはもちろんですが、支援を続けてこそ一定の成果が出ると信じてきたからです。そのためにも「年輪経営」という経営理念を実践していくが会社の発展のベースであると確信されています。

参考文献:『年輪経営』 塚越 覚 著/ 光文社知恵の森文庫 

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