幸福とは・・・

さて、若かりしアレクサンドロス大王は名馬ブケファラスを譲りうけました。ただし、馬番のだれひとり、この荒馬を乗りこなすことができませんでした。普通なら「なんてやっかいな馬だ」とでも思っただろう。

しかし、アレクサンドロスは名馬に寄り添い原因を探しはじめました。そして、ケファラスが自身の影にひどくおびえていることに気づきました。おびえて暴れると影も暴れます。馬はそれを見て、さらにおびえ暴れるという悪循環だったのです。

アレクサンドロスは馬の鼻づらを太陽のほうに向かせ、常にその姿勢を保つことで、なんとか落ち着かせて手なずけたと言われています。

この教訓から本当の原因がわからないかぎり、探し求めているものを探しまわり、途方に暮れることがよくあります。だれしも「幸せになりたい」と願っているのではないでしょうか。山の向こうに幸せの青い鳥がいるなどと。幸せを感じるにはその本質を理解する必要はありそうです。

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幸福になる思考

アリストテレスは「幸福は誰もが求める最高の目標である」と。では幸福とは何か? 健康であること。お金に不目由しないこと。尊敬されること。好きな人と一緒にいられること。夢を叶えること等、人によってさまざまだ。

これまでは収入、学歴、健康状態、生活状況、脳機能など、幸福に関係しそうな指標を計測する客観的幸福研究が盛んだった。例えば、収入が多いほど、本当に幸せなのか。結局、主観的な幸福を調べて比べてみなくてはわからない。そこで、1980年代くらいから幸福感のような主観的な概念が研究対象になった。

思いのほか知らない「幸せ」の真実

慶懸義塾大学大学院の前野隆司教授は誰もが共有できる幸せのイメージがあるのではないかと、基本のメカニズムを考察した。 人間は本来、短期的な幸福をもたらす地位財と、長期的な幸福をもたらす非地位財を、どちらもバランスよく求めるようにできているらしい。

ところが近代から現代にかけて、是とされてきた進歩主義が、競争と快楽の追求を強調しすぎる社会をつくってしまった。特定の価値を得ることが必ずしも幸福につながらないにもかかわらず、それを過大評価してしまう傾向があるようだ。

例えば、年収7万5000ドルまでは収入に応じて「感情的幸福」は比例して増大するが、それを超えると無関係になる。 また、自由時間との関係おいても、充実した生活のためには余暇を持つゆとりが必要と思われているが、調査の結果、むしろ自由時間が短い人のほうが幸福な傾向にあるという事実も明らかになった。長さではなく質が重要なのだ。

そして、友達の数は多いほうがよさそうだが、多数の友達がいる人よりも、多様な友達がいる人のほうが幸せな傾向にあることもわかってきた。 「つまり、私たちは〈自分がどうすれば幸せなのか〉を思いのほか知らない。そこで前野教授は幸福のメカニズムの基本モデルをつくるり、人々の心の振る舞いの基本を理解しようと考えた。

計測方法は、87のアンケート調査を行い、回答を定量化し、因子分析を行った。結果、幸せの要因はたくさんあるようでいて、鍵となるのは下記の4つの因子だということが浮かび上がってきた。

@やってみようー因子
大きな目標と目前の目標が一致していて、そのために学習・成長しようとする因子。

Aありがとうー因子
人を喜ばせる、愛情、感謝、親切といった他者との安定性を目指す因子。

Bなんとかなるー因子
失敗や不安を引きずらず、未来を前向きに捉えようとしいう因子。

C自分らしくー因子
自分をはっきり持ち、他人と比較しない。人目を気にせず、自分のペースで進もうという因子。

ことわざや名言には根拠があつた

昔からある説教臭い真面目な感じのする@とAは納得する。意外だったのは、Bの、なんとかなる-因子とCの自分らしく-因子だ。確かに4つの因子は格言や先人の名言と似ている。

コンピュータの多変量解析結果と合致したということは、精神論や熟練者の暗黙知と思われていたものにも、実は根拠があったということだ。 幸せの研究でポジティブとネガティブは3対1くらいがいいという研究もある。 それから時代の変化も大きい。

高度経済成長期は、他人を批判し、押しのけて勝つことが有利な競争社会だったが、最近は、それではどうも幸せになれないことがわかってきて、マインドフルネスやコーチングに代表されるように、肯定的に心に寄り添う文化へと移り変わってきている。

4つの因子と重なる名言を集め、気に入ったものを見つけて、へこたれそうなときは唱えてみてはどうだろう。経営の神様、松下幸之助も言っている。「自分を励ます言葉を心の中に持て」と。幸せはコントロールできるのだ。

扁桃体の過剰反忘を抑える〈やってみよう-因子〉

心療内科の定説では、幸福感は挑戦するときに感じやすく、逆に今の状態を守ろうとすると抑うつ感情が芽生えやすくなるという。 チャレンジ精神とは、簡単に言えば、ダメでもともと、うまくいけばラッキーということ。

この場合、不確実性はプラスに働く。ところが、現状の地位を失うのは嫌だと思うと、不確実性はマイナスに働き、恐怖心が芽生え、実力が発揮できないことがままある。

これは脳の中の扁桃体の過剰反応によるもので、扁桃体の役割のひとつに不満や不安をつくりだす機能がある。未来に不安を覚え、慎重になるのは、生命を維持するうえで重要だが、これが過剰になると、不満、不安が高まり、能力低下を招き、不幸を導いてしまう。

チャレンジ精神を発揮させるためには、失敗しても責任を追及してはいけない。なによりチャレンジしたことを褒めてあげることだ。

セロトニンの分泌を促す (ありがとう-因子)

リオ五輪では、コーチから選手達はスタッフや家族、応援してくれた人へ感謝の念を持つ訓練を受けていた。普段から感謝するトレーニングをしておくと、試合や本番で脳や体が緊張せず、のびのびと動けるというデータがある。

人間は社会的な動物なので、助け合なければ絶滅してしまう。人に感謝し、感謝されようという仕組みが脳にある。本来持っている脳の機能は、感謝を意識すると活性化し、セロトニンが分泌されやすくなる。

セロトニンは幸福感を持続させる重要な脳内ホルモンだ。嫌なことや大変なことが起き、一人では耐えられないことでも、みんなと一緒なら頑張られるというのは、ストレスで厳しい状態にある脳をセロトニンが守っている。

セロトニンの分泌を促す (ありがとう-因子)

訓練で変えることができる《なんとかなる野因子》 幸福度はもちろん、営業の販売実績などもはるかに楽観的な人のほうが悲観的な人より高いというデータがある。

トレーニングで悲観的な人を楽観的に変えることは可能だ。3つの軸で物事を捉え直す訓練をする。いいことがあったときには、こんな幸運は一時的と思わずに、ずっと続くと思う。失敗したときには、ダメだ、できないと思わずに、たまたまにすぎないというように、意識的に軸を変えてみる訓練だ。

遺伝子に素直に生きる(自分らしく-因子)

実はヒトの免疫機能と脳の機能は遺伝的多様性が著しい。免疫が多様であれば1つの伝染病で人類の絶滅を防ぐことができる。脳の機能も、画一的だとしたら、やはり絶滅の恐れがある。だから社会的な動物が協力し合うためにも、非常に慎重な人もいれば、怒りっぽい人、とんでもなくケチな人も、必要になってくる。

そもそも人間というのは、自分らしく生きることしかできないのだ。みんなと同じにしようと思うこと自体が、遺伝子のありように反しているわけで、ストレスを感じて当たり前なのだ。

例えば社交的でないと悩んで、うつになってしまう人がいる。確かに社交性はあったほうがいいかもしれない、全員にある必要はない。なくたってどうってことはないのだ。自分の得意不得意を把握して、重荷は捨てる。

常識というのは社会全体には正しいことだろうが、自分にとって正しいとは限らない。まずは世間の常識としてよくないと思われている自分の性格をしっかり自覚することが大切だ。

参考文献:『毎日が楽しくなる脳内革命 プレジデント 2016.10.3 号』

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