情熱と粘り強さを ・・

人生はマラソンによく喩えられます。そのマラソンを途中で棄権することなく、思うように走り切るには「やり抜く力」が重要です。長期的な目標に向けた「情熱」と「粘り強さ」にかかっています。「才能」にこだわっていると、この単純な真実を見失ってしまいます。

「やり抜く力」は伸ばせるということ。それにはふたつの方法があると言われています。ひとつは、「やり抜く力」を自分自身で「内側から伸ばす」方法。具体的に濾、「興味を掘り下げる」「自分のスキルを上回る目標を設定し、それをクリアする練習を習慣化する」「自分の取り組んでいる行動が、大きな目的とつながっていることを意識する」「絶望的な状況でも希望を持つことを学ぶ」などの方法がある。

もうひとつは、「外側から伸ばす」。親、コーチ、教師、上司、メンター、友人など、周りの人びとが、個人の「やり抜く力」を伸ばすために重要な役目を果たします。 山あり谷ありの人生を、幸福感を失わず生きていくには、大きな目標と、興味と、希望を抱き続ける必要があります。

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「やり抜く力」の秘密

ウエストボイント米国陸軍士官学校の入学審査の厳格さは、最難関大学にひけを取らず、大学進学適性試験で高得点を獲得し、なおかつ高校の成績も抜群に優秀でなければならない。並外れた努力のたまものにほかならない。

毎年、全米の1万4000名以上もの高校2年生が入学を志願する。まずは入学要件である推薦状を獲得できたかどうかで4000名。その後、学力、体力ともに厳格な審査基準をクリアできるのは、半数をやや上回る2500名。最終的に入学を許可されるのは1200名。

注目すべき点は、昔から中途退学者の大半は、夏の入学直後に行われる7週間の厳しい基礎訓練に耐え切れずに辞めてしまう。訓練は「ビースト・バラックス」(獣舎)、略して「ビースト」と呼ぶ。

「ビースト」の4年間は、肉体的、精神的にもっとも過酷な訓練であり、諸君が士官候補生から兵士へと変身を遂げるためにおおいに役立つ」 毎朝、午前5時に起床。5時30分、星条旗が掲揚されるなか、士官候補生は直立不動で整列。ただちにランニングや柔軟体操などのワークアウトを開始。

その後も、整列行進、武器訓練、運動競技、授業と、訓練は一日じゅう続く。週末の休みもなければ、食事時間以外の休憩もなし。家族や友人を含め、外部との接触はいっさい許されない。

最後まで耐え抜くのは「どんな人」か?

では、どんな人なら「ビースト」の過酷な訓練を耐え抜けるのか? もっとも「有望」なはずの人達が次々と辞めていくので、軍事心理学者のマイケル・マシューズのもとを訪ねた。

入学事務局では各志願者について、SATもしくはACT(ともに大学進学適性試験)のスコア、高校での成績順位(各志願者の学年の生徒数に応じて調整したもの)、リーダーとしての資質の評価、体力測定の加重平均(志願者総合評価スコア)を算出した。

この志願者総合評価スコアにより、士官学校の4年間で経験するさまざまな試練を乗り切るための能力を、各志願者がどれだけ持っているかを判断する。ウェストポイントの入学審査では、志願者総合評価スコアがもっとも重要な決め手となっていたが、「ビースト」の厳しい訓練に耐え抜けるかどうかを予想するには、残念ながらあまり役に立たなかった。

それどころか、志願者総合評価スコアで最高評価を獲得した士官候補生たちは、なぜか最低スコアの候補生たちと同じくらい、中退する確率が高かった。しかし、マシューズ自身も若いころ空軍に入隊した経験から、彼はこの謎を解くカギを握っていた。ウェストポイントほど過酷ではなかったが、入隊時の経験には顕著な共通点があった。

試練は、自分たちの手に負えない難題を次々に突きつけられたこと。それこそ1時間ごとに、できないことばかりやらされたのは、彼にとっても、同期の入隊者たちにとっても、生まれて初めての経験だった。当時を振り返って、マシューズは言った。

「2週間もしないうちに疲労困懲して、孤独でどうにかなりそうだった。もうすぐにでも辞めたいと思った。クラスのみんなもそうだった」。そして実際に、何人かは辞めていった。だが、彼は辞めなかった。

困難に対処する力は才能とはほとんど関係ないということだった。訓練の途中で辞めていった者たちは、才能がなくて辞めたわけではない。それよりも重要なのは、「絶対にあきらめない」という態度だった。

挫折した後の「継続」がきわめて重要

業界でも屈指のビジネスパーソンや、アーティスト、アスリート、ジャーナリスト、学者、医師、弁護士などを対象に、インタビュー調査を行った。インタビューで多くの人が語ったのは、ずば抜けた才能に恵まれながらも、能力をじゅうぶんに発揮しないうちに、挫折したり、興味をなくしたりして辞めてしまい、周囲を驚かせた人たちの話だった。

調子のいいときは、やたらと意気込んでがんばる人もいるが、そういう人はちょっとつまずいただけで、とたんに挫けてしまう。 失敗しても挫けずに努力を続けるのは、どう考えてもたやすいことではない、きわめて重要らしかった。

「難しいこと」を続けると、貫欲に取り組めるようになる変化を増幅するアクション

ヒューストン大学の心理学者、ロバート・アイゼンバーガーは数十例の研究の1つに、ラットを無作為にふたつのグループに分け、片方のグループには大変なこと(レバーを20回押したらエサを1個与えるなど)をさせ、もう片方のグループには簡単なこと(レバーを2回押したらエサを1個与えるなど)をさせた。

つぎに、すべてのラットに別の難しい課題をやらせた。すると、このような実験を何度繰り返しても同じ結果が出た。簡単にエサをもらえたラットたちにくらべて、同じエサをもらうのに何倍も苦労したラットたちのほうがつぎの課題にも元気よく粘り強く取り組んだのだ。

また、ある実験では、小学生の生徒たちに、まず簡単な課題(ものがいくつあるか数える、絵を覚える、形合わせのゲームをするなど)をやらせて、ごほうびに小銭を与えた。

子どもたちが簡単な課題に慣れて上達したところで、何人かの子どもたちには、もっと難しい別の課題をやらせた。いっぽう残りの子どもたちには、別の課題でも簡単なことをやらせた。どちらのグループの子どもたちにも、小銭を与え、「よぐできました」とほめた。

そのあとで、両方のグループの子どもたちに、リストに並んでいる単語を紙に書き写すという単純な課題を与えた。その結果、ラットの実験結果とまったく同じだった。難しい課題を与えられていた生徒たちのほうが、ずっと簡単な課題を与えられていた生徒たちよりも、単語を書き写す課題に黙々と熱心に取り組んだのだ。

逸脱から導かれる意味合い

「情熱」と「粘り強さ」を持つ人が結果を出す 驚異的な粘り強さでがんばって、みごとに結果を出した作家の話も聞いた。「その作家は、駆け出しの頃は優秀ではなく、社内では彼の原稿を読んで笑ったりしていました。文章が何とも野暮ったくて、メロドラマ風だった。でも彼はその後、めきめきと腕を上げて、去年はとうとうグッゲンハイム奨励金を獲得した。

「あの人は絶対に満足しません。あそこまで登りつめたら満足してもよさそうなのに。あの人は、自分自身のもっとも手厳しい批評家なんです」。つまり顕著な功績を収めた人たちはみな、粘り強さの鑑のような人だったのだ。

なぜそこまで一心不乱に、仕事に打ち込むことができたのだろうか?そもそも彼らは、自分の目指している大きな目標に、簡単にたどり着けるとは思っていなかった。いつまでたっても、「自分などまだまだだ」と思っていた。まさに自己満足とは正反対だった。

つねに貧欲に進歩を目指していた。しかしそのじつ、彼らは満足しない自分に満足していた。どの人も、自分にとってもっとも重要で最大の興味のあることをひたすら探究していた。そして、そんな探究の道のりに、イライラすることや、つらいことがあっても、あきらめようとは夢にも思わなかった。彼らは変わらぬ情熱を持ち続けていた。

要するに、どんな分野であれ、大きな成功を収めた人たちには断固たる強い決意があり、それがふたつの形となって表れていた。第一に、このような模範となる人たちは、並外れて粘り強く、努力家だった。第二に、自分が何を求めているのかをよく理解していた。

決意だけでなく、方向性も定まっていたということだ。 このように、みごとに結果を出した人たちの特徴は、「情熱」と「粘り強さ」をあわせ持っていることだった。つまり、「グリット」(やり抜く力)が強かったのだ。

参考文献:『GRIT やり抜く力』アンジェラ・ダックワーク著/ダイヤモンド社

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