小さな変化から・・

今も話題の有名な「7つの習慣」によると、自ら主体性を発揮して行動し、結果を生み出している人は「影響の輪」に力を注ぐ。何もしないで不平不満ばかりを言い続けている人は「関心の輪」にとどまり、うまくいかないのは「自分のせいじゃない」、あるいはやれることをしないで「仕方ない」と諦めてしまう傾向があるそうです。

「影響の輪」に集中している人は苦境に立たされた時でも、「自分はこれならできる」「自分はこうしたい」と、常に自分の意志を持って当事者として動き、自己責任のもと主体的に活動しています。

つまり、黙々と自分のできることをやり続け、地道に結果を出している姿に周囲は信頼を寄せます。主体的に活動している人には周囲の人も集まってきます。協力したくなります。一人では無理でも複数の人の手を借りることで、さらに大きな成果を出せるかもしれません。影響の輪はどんどん拡大します。

◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆

凋落した教会の再生劇

歴史と伝統を持った由緒ある教会についての実話があります。アメリカ南西部の大都市の中心部に位置し何十年も昔、街の富裕層によって支えられた教会でした。しかし、街の中心部の治安の悪化と共に、人々は郊外に移り住み、郊外の教会に通うようになりました。それから50年以上が経ち、この教会はすっかり凋落してしまいました。。

そんな教会に、ちょっとした変化の兆しが芽生えました。ある夕食時のことです。教会の若者たちは、日曜の朝のプログラムについて語り合っていました。「昔ながらの教会学校には参加したくない人たちがいる。こういった人たちに、何か代わりになるようなものが提供できないか」。 誰かが、「教会のそばを通りかかるホームレスに朝食を提供したらどうか」と提案しました。。

「ホームレスたちも威厳をもって扱われるべきだ」という考えから、従来の食事の配給とは一線を画するサービスを考えました。施しを与えるというのではなくゲストとしてもてなすという発想です。この活動は、それ自体はちょっとしたことに過ぎませんが、これまでの教会のスタンスから少し外れていました。というのも、かつて教会はホームレスを歓迎していなかったからです。。

発案した若者たちのグループが、週末に街角でビラを配ったところ、最初の朝食で75人のホームレスが訪れました。すぐに200人を超え、発案者とその友人たちは、1年にわたり、自分たちで資金を提供して朝食を継続させました。 6ヵ月経ったある日曜日に、一人の内科医が聴診器とカバンと薬品を持って、健康に問題のあるホームレスの診断を始めたのです。。

日曜の診察は拡大し、その内科医がほかの内科医の協力も呼びかけました。間もなく歯や眼の診察も加わり、日曜日のプログラムが広範囲の診察となったのです。年聞1000人、を超える患者を診るようなサービスに発展していきました。。

その後、教会員のある弁護士が、一連の活動を支援するために市の助成に応募しました。助成金の獲得とともに活動は拡充し、5年後には、教会は市の助成を受けて、数千人のホームンスに2万食を供給するデイセンターを設立しました。。

ホームレスの人たちも積極的に教会の活動に参加するようになり、聖歌隊で歌ったり、礼拝の先導役を進んで引き受けたりするようになりました。 さまざまな教会員が礼拝に来るようになり、礼拝のスタイル、ならびに音楽が劇的に変わりました。

しかし、良い面ばかりではなく、マスメディアに注目される一方で、近隣のホテルやオフィスからは苦情が出されるようにもなりました。この教会は自らの使命を根本から見直し、以前とはすっかり違う存在に変容しました。

この研究の主張と貢献

この教会では、小さな変化が同時に起きていました。たとえば、朝食の提供、診察、助成の申請などです。 いずれも「小さな変化」とみなされるのは、次の4つの理由からです。

1)教会の資金を必要としなかった。

2)教会の活動やプログラムの変更を必要としなかった。

3)教会の権威ではなく普通のメンバーよって始められた活動であった。

4)意図的な目標やそれに向けてのロードマップは描かれていなかった。

研究チームがインタビューしたところ、それぞれの小さな変化に、教会を劇的に変化させよういう意図は込められていませんでした。教会で生じた変化は、意図的でもなく、予測されたわけでもなく、それでいて抜本的なもので、それを取り巻く環境にも変化が及んだのです。

こうした変化こそが、通説にそぐわない逸脱事例であり、「ありえない」現象として注目に値します。なぜなら、「急進的な変化は、ゆっくりとは引き起こされない」という説、「根本的な変化は小さな変化が集積して徐々に成し遂げられるものではない」。 さらに「トップが能動的に変化を促す」という説とは逆の傾向を示しているからです。

それでは、初期の小さな変化は、なぜ、どのようにしてエスカレートし、組織の抜本的な変化をもたらしたのでしょうか。 研究チームらは分析を重ね、次のような結論を導きました。

@小さな変化は、教会が置かれていた脈絡の影響を受けて増幅していった。

A小さな変化は、教会のメンバーが起こしたアクションによって増幅していった。

B小さな変化は、脈絡とアクションの相互作用によっても増幅していった。

つまり、小さな変化があり、それを増幅させるメカニズムが作動して、徐々に抜本的な変化が引き起こされたと考えたのです。

変化を増幅する脈絡(状況)

最初の変化が引き起こされた脈絡というのは、そもそも不安定なものでした。そこでは創発的な行動や小さな変化が引き起こされやすく、しかもそれらが大きな変化に結びつきやすいという状況でした。

具体的には、まず、教会には凋落するという切迫感がありました。 かっては、寄付金の貯えもあって豊かな資産を有していたのですが、影響力のある人も含めて教会員数が減少していました。結果、日々の活動を営んでいくためのキャッシュフローにも困るようになったのです。

変化を増幅するアクション

教会のメンバーとリーダーのアクションも最初の変化を増幅させました。内科医による日曜診察によって、医師の専門性と薬品という新しい資源が教会に持ち込まれました。

祭典用の更衣室は眼科クリニックに、着替え部屋はシャワールームとして使われるようになりました。オルガニストの部屋は医師のオフィスとなり、教室のいくつかは衣服のクロゼットに改装されました。ついに教会は、助成をもとにデイセンターを設立することになりました。

牧師や教会員は、「粛正」「全人的」「生まれ変わり」「回復」といった言葉を使うようになり、いずれも抜本的な変化を表しています。言葉だけではなく、新しい方向に導くための「シンボリックなアクション」(象徴的な行為)も目立つようになりました。

シンボリックなアクションとは、そのアクションそれ自体を超えた意味を伝える行為のことです。 たとえば、ビジネスリーダーや地域のリーダーたちが会する朝食会に、牧師が招かれたときの話です。

この名誉な会合に、牧師は12人のホームレスとともに現れました(12使徒に象徴される意味のある人数)。この行為は、一緒に朝食をとったという物理的なことがらを意味するわけではありません。

逸脱から導かれる意味合い

このような変化のあり方は、リーダーシップの役割の通説に疑問を投げかけることにもなりました。 牧師たちは、医者が患者を診察したときも、教会のモットーである「正義が実践される」という言葉で後押ししています。

牧師たちは言葉の使い方が上手で、生み出された変化に意味を与え、それを形にしていきました。 牧師たちのリーダーとしての役割は、そのときにまさに起こっていた変化に対して「意味を付与する」ということでした。

彼らは、驚きを創造の機会として捉え、目標、計画、予算、ならびに戦略といった伝統的なツールを使うことなく、言葉やシンボルというツールを用いて、そのときに起こっている変化に意味を与え、組織の一貫性を保持しました。これによって、変化のパターンに首尾一貫性をもたせ、組織のメンバーにとって、曖昧性や不確実性を減らすことができました。

参考文献:『ブラックスワンの経営学』 井上達彦 著/日経BP社

 ◆ エッセーの目次へ戻る ◆ 
 ◆ トップページへ戻る ◆