■どう認識するか
脳はゴール達成が可能なばかりか、ほぼ確実だとわかると、ある瞬間に力強い化学物質が放出され、成功を促進するように働くと言われています。脳が「もうここまでくれば行ける」と確信すると、努力に拍車がかかります。
フットボールのランニングバックはエンドゾーンに近づくほど走りが速く力強くなることで知られています。目の前に得点という報酬を認識すると、脳はエネルギーを節約せず、その場で使い切らせようとします。
つまり、成功を認識するほど、速くそこに近づけるのです。こういうエネルギー、集中力、やる気の増加を、ゴールライン間際だけではなくコース上のどの地点でも得られるとしたらどうでしょう。 ゴールラインに突っ込むスピードと同じテクニックを、職業上のいろいろなゴールに応用できそうです。
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成功が近いと認識すると、より成功しやすくなる
クラーク・ハルは1884年に生まれ、少年の頃に腸チフスにかかった。奇跡的に回復したがその後遺症は大きく、視力と記憶力が低下し、生涯にわたって回復しなかった。しかし、ハルはハンディを乗りこえて大学を卒業した。
だがこの不運な24歳の若者は、医者からポリオに感染していると告げられたのである。片方の足は二度と思うように動かなくなった。しかし彼は自分のゴールを諦めようとしなかった。人生の重荷は、それを支えにする人もいれば、夢を諦める口実にする人もいる。ハルは気持ちを奮い立たせて夢を追い続けた。
病気や不自由な身体のために日々生きるだけでも苦しいのに、それにもめげずに「ある人たちは目標を達成でき、他の人はできないのか」、なぜだろうかと興味を持ったに違いない。やる気、エンゲージメント、モチベーション・エネルギーなどの高次のプロセスが成功率に与える影響を研究しようと思った。
まず、ラットが迷路の出口にある餌を見つけようとする行動を観察した。 1万時間以上も観察を続けた結果、ハルは何かとてもなじみ深い現象に気がついた。ラットは迷路の出ロに近づくにつれ動きが速くなるのである。
この発見を確認するために、迷路に沿って電気センサーを取りつけ、ラットの動くスピードを測った。その結果、ラットは確かにゴールに近づくと足を速める。 人は大きなプロジェクトの完成が近づいてくると、いっそう熱心に効率的に仕事をする。これはハルが実証したゴールに近づくと動きが速まる「目標勾配効果」の表れである。
ゴールを近くに感じるように設定する
2006年、コロンビア大学ビジネス大学院の研究者たちによって、ハルの仮説をビジネスの世界に取り入れる優れた研究が行われた。
彼らは実に賢い方法を考えた。地元のコーヒーショップが行っている「お得意様感謝プログラム」における来店頻度と購買率に目をつけたのである。客はコーヒーを買うとスタンプカードを手渡され、―杯買うごとにスタンプを押してもえる。
スタンプが10個たまると、―杯がただになる。研究者たちは、それぞれの客がコーヒーを買う日付を記録していった。無料コーヒーというゴールが近づくにつれ、客が頻繁にコーヒーを飲みに来るかどうかを見るためである。そして確かにその通りになった。
ハルの仮説が予測したように、ゴールが近づくと、顧客は早くそのゴールに到達しようとする。 ここからが面白い。2回目の実験は、客の半数に「コーヒー10杯で1杯が無料になる」というカードを手渡した。あとの半数には最初の2つにスタンプをすでに押してある状態で、「コーヒー12杯で1杯が無料になる」というカードを手渡した。
どちらの場合も、客は無料コーヒーをもらうには、あと10回買えばいい。ゴールまでの距離は同じである。しかし、あとの半数の2番目のグループは、最初から有利なスタートを切ったように「認識」した。
しかし、最初のグループのほうは、ゴールの無料コーヒーにまだ一歩も近づいていない。このあと1回コーヒーを飲んでもやっと10分の1進むだけだ。 2番目のグループは、カードをもらってからまだ1回もコーヒーを買っていないのに、すでに道のりの6分の1進んだところにいる。
さらに、2番目のグループはコーヒーを1回飲めば、すでに4分の1まで進むことになる。さあ、これが購買行動にどう影響しただろうか。実に面白いことに、2番目のグループの人たち、つまりゴールまでの距離は同じなのにずっと近いと「認識した」人たちは、最初のグループの人たちよりはるかに速くゴールにたどり着いたのである。
事実より、どう認識しているかが重要である
メジャーリーグの球場内に下りたことがある人はわかると思うが、スタジアムは広大で外野フェンスははるか遠くに見える。しかし、元テキサス・レンジャーズの強打者プリンス・フィルダーの目にはおそらく違う光景が見えているのだろう。プリンス・フィルダーは7年間にわたり、ミルウォーキーのミラー・パーク球場から数々のホームランを軽々と叩き出してきた。フイルダーは力の打者である。彼の仕事はホームランを打つことだ。
どこのスタジアムでも、彼はフェンスを狙って打つ。しかしすべての選手がいつもフェンスを狙うわけではない。メジャーリーグでも普通の打者は、時にホームランを打つことはあっても、大抵は1塁打か2塁打で塁に出る。そういう選手はどうボールを打つかを選ばなければならない。シングルヒットを狙うかそれともフェンスを狙って振るか。その選択はターゲットの認識に基づいている。
スポーツ統計学者によれば、ホームランを打ちやすい球場とそうでない球場があるのだという。それは単に球場の大きさの違いだけではなく、打球が外野フェンスを越えやすいかどうかは、風向きや風の強さ、風の動きを妨げる建物の構造、気温、高度、湿度などいろいろな要素が関係する。
選手たちはホームランが出やすい球場と出にくい球場を実によく知っている。では、ある選手が今までの球場よりもつと、例えば28.6パーセントほどホームランの出やすい条件の球場に移籍したらどうなるだろう。
数字の上から推測すれば、その選手のホームランの確率も28.6パーセント上がると思うのではないだろうか。しかし実際には、その選手のホームランの確率はその倍以上高くなり、以前より6割も多くホームランを叩き出すようになった。なぜそんなことが起こるのだろう。
答えは「的の大きさ」である。この野球場はホームランが出やすいと思いながら打席に立った選手は、外野フェンスに向かってバットを振る。しかし逆に、ここはホームランが出にくい球場なのだとネガティブな現実を認識している場合は、ともかくシングルヒットを打って塁に出ようと脳がシグナルを送ってくる。
ビジネスでも人生でも野球と同じように、どういう認識を持つかが、フェンスに向かって全力でバットを振るかどうかを決定する。そしてこの野球場の研究は、フェンスまでの実際の距離よりも、脳がその距離をどう認識するかのほうが重要だということを示している。
仕事や生活の中に、フェンスがはるか彼方に見えて、ホームランなど望めないと思い込んでいる部分はないだろうか。その場合はフェンスをもう少し近くに動かして、もっと易しく見えるようにすればいい。
ビジネス分野で、クライアントの数を、今の15から来月は25に増やしたいというケースを想定してみる。そのとき、クライアントを10増やす可能性は5分5分だと思っているなら、フェンスをもう少し近づけて、もう少し易しそうに見えるようにする。
例えば、2週間のうちに新しいクライアントを5つ獲得するほうがいい。もちろん一定期間に増やすクライアントの数は同じなのだが、「クライアント5つ」としたほうがプレッシャを感じないので、できるかもしれないという気持ちになる。あるいは他のやりが方で的の大きさを変えることもできる。
例えばクライアントを10増やす理由が、5万ドルの増益が見込めるからだとする。その場合、増益の目標のほうがクライアントを増やすよりも達成しやすそうに見えるなら、5万ドル増益を目標にする。脳がその達成に向けてより大きなエネルギーとやる気と集中力を出してくれる。
そのように、目標設定をもう少しリーズナブルなものにすることだ。新しい習慣を身につけることや目標達成の成功率が70パーセントもないと思っているのなら、努力を続けられる可能性はかなり低い。目標は少なくとも70パーセントの成功が見込めると思えるところに設定する。
行動に変化を与えるのは、ゴールまでの客観的な距離ではなく、主観的な現実をどう「認識」するかだということである。
参考文献:『成功が約束される選択の法則』 シェーン・エイカー 著/ 徳間書店