■よく生きるために
過去の嫌な出来事を経験すると、また起こるのではとの想いに襲われことがよくある。 心理学者のアドラーは以下のように述べています。人は過去の出来事や親の育て方、環境などの影響を受けることがあるだろうが、外部からの刺激に翻弄されない。
そして、不安や怒りの感情や、強制力を持った何かの影響から、自分の意志に反して心ならずも選択するような存在ではないのであると。ただし、何が自分にとって有用で、幸福に生きることを可能にするかという想いを誤ることは起りえる。
過去は変えられなくても、今現在をそして未来はかえられる。トラウマを振り切り、強い意志と勇気と希望をもって人生を力強く生き抜く。アドラー心理学は、どうすれば幸福になれるのか、いかに生きていくのかという明白なイメージを持っことが重要であると。
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意味づけを変えれば未来は変えられる
アドラー心理学とはいったいどのようなものなのか。 まず、アドラー心理学では、誰もが同じ世界に生きているのではなく、自分が「意味づけ」した世界に生きていると考える。同じ経験をしても、意味づけ次第で世界はまったく違ったものに見え、行動も違う。
子どもの頃に同じような不幸な経験をした人が、「自分が不幸な経験をしたので、自分の子どもが同じ経験をしないように」と、また、「自分は子どもの頃に切り抜けたのだから、自分の子どもも苦しさを乗り越えるべきだ」と。また「自分は不幸な子ども時代を送ったのだから、何をしても許されるべきだ」と考える人もいる。
このように、「不幸な経験」をどう意味づけるかによって、その後の生き方や行動は大きく変る。 いかなる経験も、それ自体は成功または失敗の原因ではない。われわれは自分の経験によるショック(いわゆるトラウマ)に苦しむのではなく、経験の中から目的に適うものを見つけ出す。
自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって、自らを決定するのである。 たとえば、今の自分が生きづらいのは「幼い頃に親の愛が足りなかったからだ」とか、「親から虐待を受けたからだ」と、過去に親から受けた教育が原因だと考える人は少なくない。
あることが原因となって、必ずある事柄が帰結すると考えるのが「原因論」だ。 このような原因論は必ず「決定論」になる。すべては、過去の出来事や自分を取り巻く状況によって決定され、現状は変えられないことになってしまう。過去の出来事が今の生きづらさの原因であるとすれば、タイムマシンで過去に遡り、過去を変えなければ、今の問題は解決できないことになる。
しかし、目的論においては、立てられる目的や目標は未来にある。過去は変えられないが、未来は変えることができる。もちろん、これは人生が思いのままになるということではない。むしろ、思いのままにならないことのほうが多いといっていいくらいだ。
アドラーは、過去の経験が私たちの何かを決定しているのではなく、私たちが過去の経験に「どのような意味を与えるか」によって自らの生を決定していると。
変われない? 変わりたくない?
アドラーは、
1. 自分のことを自分がどう見ているか(自己概念)、
2. 他者を含む世界の現状についてどう思っているのか(世界像)、
3. 自分および世界についてどんな理想を抱いているのか(自己理想)
この3つをひっくるめた信念体系がライフスタイルと呼んだ。
ライフスタイルは生まれつきのものではなく、自分が決めるものだ。さまざまなライフスタイルを試してみて、ようやく自分なりに「これでいこう」と決心するのが10歳頃だ。
自分や世界についてのものの見方であるとともに、問題を解決する際の定型パターンのような役目を持っている。 このパターンを一度身につけてしまえば、解決の仕方を新たに考え出す必要はなく楽でいいですが、融通が利かず、新しい状況に適切に対応できないこともある。
これは自分自身で選び取ったものなので、もしも変えようと思えば、その後の人生の中で変えることができる。 しかし、人生の途中で違うライフスタイルを選び直すことは、簡単ではない。 違うライフスタイルで問題を解決しようとすると、たちまち未知の世界に放り込まれることになる。
何がライフスタイルを決めるか
ライフスタイル形成の決定要因は、本人の決断なのだ。ライフスタイルの選択に影響を及ぼすものがある。ライフスタイルを選択する時に、何がどのように影響を与えうるのかを知ることは、今の自分のライフスタイルを意識化する際に必要だ。
ライフスタイルを決定する際の影響因と考えられる一つ目は「遺伝」だ。 多くの人は遺伝の影響を大きく考えますが、アドラーは、遣伝の影響を重視しない。子どもの性格が親に似るのは、長年一緒に暮らしているうちに親を模倣するようになっただけ。
幼い頃からずっと一緒に暮らしていると、話し方やしぐさ、声の出し方、ロ調などが似てきても不思議ではない。 アドラーは「大切なのは何が与えられているかではなく、与えられているものをどう使うかだ」といっていますが、「何が与えられているか」ばかりに注目し、自分の能力に限界があると考えたい人は多いように見える。
たとえば、ライフスタイルの形成に大きな影響を与えると見た「器官劣等性」は、ハンディキャップをもった人が必ずしも依存的になるわけではなく、アドラー自身がくる病を克服したように、本人が人生の課題にどう取り組むかでその後の生き方は変わってくる。
「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」だといわれるように、何が与えられたかは重要ではなく、それをどう使うかが大切なのだ。教育における一番の問題は、初めから自分に限界があると考えで課題に取妙組まないごとだと考えている。
二つ目が「環境」だ。ここでいう環境とは、きょうだいや親子などの対人関係のことを指す。 家庭内で何かを決定する際のルールとでもいうべきものが家族の雰囲気だ。父親あるいは母親が権威的で家族の中で常に主導権を握っている家家庭もあれば、逆に、親も子どもも対等であると考え、すべてのことを民主的な話し合いによって決める家庭もある。
こうした家庭内のルールは、子どもが意識せずとも身に付けてしまう。結婚の場合、生まれ育った家庭とは雰囲気が大きく違った相手と問題となることがある。自分にとっては当たり前だと思っていたことが、相手にとっては当たり前でないということが明らかになってくる。
対人関係に入っていく「勇気」を持つ>
対人関係は悩みの源泉ですが、生きる喜びや幸せは、対人関係の中に入っていかないと得ることはできない。できないこと、しないことを多くの人は過去に経験したことや自分を取り巻く環境のせいにしてしまうが、ライフスタイルを選んだのは自分である。
自分で選んだのであれば、いつでも選び直せる。 他者や状況に責任転嫁するのは簡単なことだ。しかし、アドラーは、ライフスタイルは自分で選択したものであるということを強調している。ライフスタイルを変えないでおこうという決心をやめさえすれば、ライフスタイルは変えられるはずだ。
ただし、決心するだけでは何も変わらない。まずは、無意識に身に付けてしまった自分のライフスタイルを意識化してみる。その上で、それまでとは違うライフスタイルを選び直すことが大切だ。
参考文献:『人生の意味の心理学 アドラー』 岸見一郎 著/NHK テキスト