■「いま、ここ」に集中
アドラー心理学の特徴は「すべての悩みは対人関係の悩みである」といわれています。人はその対人関係の悩みにより、ストレスを抱えることがよくあります。
心をむしばむストレス、その正体として浮かび上がってきたのがストレスホルモンのコルチゾールです。ストレスでコルチゾールが多量に分泌されると、脳の海馬で神経細胞を減少させることが分かってきました。海馬は記憶を司り感情にも関わる重要な部位です。
海馬の細胞が損傷すると、認知症やうつ病につながる可能性が見えてきました。こうした心の病を防ぐため、瞑想をベースに生まれ、注目されるマインドフルネスです。 最近、マインドフルネスを活用し、健康経営の一環として取り組む企業が徐々に増えています。
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瞑想で仕事ができるようになる?
マインドフルネスを習慣的にやっている人は、していない人に比べて仕事のパフォーマンスが高いという報告がある。従来のメントレは「行動」や「考え方」を変えることに主眼が置かれていた。
しかし、マインドフルネスは、注意の向きをコントロールして認知や感情、行動に影響を与え、クオリティ・オブ・ライフを高め、「注意」や「気づき」を変えることに注力することから、"第3世代のメントレ"と呼ばれている。 マインドフルネスの起源は禅の瞑想だ。
瞑想にストレスを軽減する効果があることは、かねて経験的に知られてきた。そのことに注目したマサチューセッツ医科大学のジョン・カバット・ジンが、思想としての禅とテクニックとしての禅を切り分け、テクニックだけを『マインドフルネス・ストレス低減法』として標準化した。1979年に開発されたこのプログラムは、現在、慢性的な痛みやストレスを抱える患者の治療に広く利用されている。
注目したいのは、医療分野だけでなくビジネス分野でも活用が広がっていることだ。脳科学の進展によって科学的な検証が重ねられ、仕事のパフォーマンス向上や職場の人間関係改善に効果があることが明らかになってきた。 たとえばグーグルは2007年から、マインドフルネスを取り入れた「サーチ・インサイド・ユアセルフ」という能力開発プログラムを実施している。
瞑想の実証的研究は海外のものばかりで、日本のビジネスパーソンに適応するかどうか、よくわかっていなかった。 そこで、日本人約1200人を対象に調査を実施し、瞑想と仕事のパフォーマンスの関係を明らかにした。調査結果は、瞑想習慣のある人は、習慣のない人に比べて、「自分で自覚する仕事のパフォーマンス」「ワーク・エンゲージメント(働く人がどれだけ活き活きとしているか)」「仕事の満足度」が高かった。
さらに、仕事のパフォーマンスとワーク・エンゲージメントについては、「睡眠時間」や「睡眠満足度」より 「瞑想の頻度」のほうが正の関連性は高かった。 つまり、活き活きと働いて仕事で成果を出すためには、寝不足の解消よりもマインドフルネスの実践のほうが強い関連性があることが判明した。
何かと拡散しがちな意識を、瞑想によって"いまここ"に集中させていく。そのために必要なのが、姿勢を正す「調身」、呼吸を整える「調息」、そして注意をコントロールする「調心」の3つだ。
実践の方法は、調身は姿勢を正す。猫背の人が姿勢を正そうとすると肩に力が入るので、一度力を入れてから脱力してストンと落とすといい。
いい具合に力が抜けて適切な姿勢になります。調息は5秒ぐらいかけて鼻から息を吸い、2〜3倍の時間をかけてゆっくり吐き出すのがコツ。調心は難しいのが注意のコントロール。初心者は、集中瞑想から始めるとやりやすい。
集中瞑想で認知機能を高める
集中瞑想は、自分の呼吸や目の前にある物など、ひとつの対象物に注意を集中させる瞑想法だ。集中瞑想をしているとき、脳はさまざまな領域に分かれているが、それらはネットワーク化されていて、異なる脳の領域が同時に活性化することがわかっている。
たとえば後部頭頂葉、背外側前頭前皮質、腹外側前頭前皮質をつなぐエグゼクティブ・ネットワークも、その一つ。このネットワークが活性化すると、集中力、記憶力、意思決定といった認知機能が高まり、そのために仕事のパフォーマンスが向上すると考えられる。
集中瞑想をマスターしたら「観察瞑想」にも挑戦したい。観察瞑想はオープンモニタリングと呼ばれ、瞑想中にわき起こる思考や感覚をそのまま観察していく。観察瞑想を行うと、集中瞑想のときとは違って、内側前頭前皮質や内側側頭葉、扁桃体、海馬などをつなぐネットワークが活性化する。
集中瞑想ではこのネットワークの活動が低いままだが、観察瞑想をすると脳がアイドリング状態に近づいて活性化し、過去のさまざまな感情や記憶をつなぎ合わせるときに重要な働きをする。ぼーっとしているときに突然、アイデアがひらめくいたりする。
観察瞑想で高まるのは、発想力だけではない。感情をコントロールしやすくなり、対人関係の改善も期待できる。 鍵は、感情をつかさどる扁桃体だ。通常、扁桃体は理性をつかさどる前頭前皮質によって抑え込まれている。ところが扁桃体が活発になるとコルチゾールというストレスホルモンが分泌され、逆に扁桃体が前頭前皮質をハイジャックし、感情の抑えがきかなくなってしまう。
そして、怒りの感情を抱いているときも、"Iam angry"との直情になるのではなく、"I feel angry"というように自分を客観視でき、扁桃体による脳のハイジャックを防げるようになる。
また、8週間の瞑想によって扁桃体そのものが縮小したという研究も報告されている。注意したいのは、観察瞑想は感情を抑えて心穏やかになることを目指すものではないという点だ。
たとえネガティブなものでも、感情自体を否定してはいけない。たとえば怒りは人を楽観的にする効果がある。怒っているときに力の差のある相手にも向かっていけるのは、怒りで脳が楽観的になっているからだ。また、不安は人を悲観的にさせる。
そのぶんロジカルな思考が浮かびやすくなる。こうしたネガティブな感情を無理に抑え込むのではなく、自在にコントロールしてクリエィティブな方向に活用できるようになるのが観察瞑想のメリットだ。
人間特有の"思いやり"も向上
これまで紹介した集中瞑想と観察瞑想が初心者同き。上級者向きとされているのが、「思いやり瞑想」だ。 思いやり瞑想で向上が期待されるのは、文字通り、思いやりの力だ。じつは他人を思いやる力は、人間に特有なものだという。
自分の家族やコミュニティ以外の赤の他人に食べ物を分け与える行動をするのは人間だけだ。 これは人間が進化の過程で、他人を思いやる力を身につけてきたからだといわれている。
同情と混同されがちだが、同情は相手の感情に引きずられて、こちらまでネガティブになることがあるのに対して、思いやりや共感は相手の境遇を理解したうえでポジティブに思考できる。
ミスした部下にいい励まし方ができるし、自分のメンタルもダメージを受けづらい。思いやり瞑想の手順は、まず自分に強いストレスをかけること。僧侶なら、恵まれない子どもたちなどをイメージして自分にストレスを与える。ビジネスパーソンなら、部下が仕事で失敗をするシーンなどを思い浮かべて、自分にプレッシャーを与えるといい。
それから調息でゆっくり呼吸をして、一気にリラックスする。そして、思いやり瞑想に入っていく。 「この状態で適度な目標を設定した明確な作業に取りかかると、心理学で「ゾーン」、あるいは「フロー」と名づけられた状態に入る。
日々、難題が降りかかるビジネスパーソンにとって、ストレスを逆に利用して集中&リラックス状態をつくる最強のメソッドと思える。
普段の仕事で、ゾーン状態を要求されることは多くないはず。それより不調の状態を減らして全体を底上げしたほうが、長期的なパフォーマンスは高まる。集中瞑想や観察瞑想を中心に、ときに思いやり瞑想もしてハイパフォーマンスを目指すというアプローチがいいのかもしれない
参考文献:『プレジデント 2016/4/4号』 心を整える「禅・瞑想」入門