真の情報を共有する

プロジェクトを遂行中に問題が起ったとき、情報の共有化により、迅速に解決の糸口を掴めると言われています。体験で得た形式知をデータに保存しても、体験の一部しか書き表せません。

ほとんどが頭の中に暗黙知のまま残されています。 使える知識となるには関連する暗黙知が融合してはじめて、形式知は使える知識となります。暗黙知は、経験からこの問題はこのように処理すれば良いと、個人の勘や意思、外部との兼ね合いで処理が異なり、状況と関連しながら記憶されています。

 個人がバラバラに持つ暗黙知でなく、組織のメンバー全員で共有できる暗黙知にする仕組みが必要です。プロジェクトを成功させるには、組織に関係する個人が持つ暗黙知と、組織内外にある形式知とを組み合わせ、組織の知識として育てて行くことが大切です。

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組織の学習力を高めるには

探索した知を学習し活用する第一歩は、情報の共有化です。企業内において各社員が持っている知を「新しく組み合わせる」には、社員がその知を共有する必要があります。この情報の共有化あるいは「組織の記憶力」において、最先端の組織学習研究で重要視されているのが、トランザクティブ・メモリーという考えです。

大事なのは「情報の共有化」ではない

トランザクティブ・メモリーは世界の組織学習研究において、きわめて重要なコンセプトと位置づけられています。組織の学習効果、パフォーマンスを高めるために、「組織のメンバー全員が同じことを知っている」ことではなく、組織のメンバーが「誰が何を知っているのか」を知っておくことであるというものです。英語で言えば、Whatではなく、Who knows whatである、ということです。

よくビジネス誌などで「情報の共有化」という言葉が使われます。そして一般的に、情報の共有化とは、「組織のメンバー全員が同じことを知っていることである」と認識されているようです。

一人の知識のキャパシティーには限界があります。それなのに全員が同じことを覚えていては、効率が悪いはずです。組織の本来の強みとは、たとえば、マーケティングの人なら商品の知識、開発者なら技術の知識、法務の人は法律の知識、ある営業は顧客Aの知識、別の営業は顧客Bの知識と、メンバー1人ひとりがそれぞれの専門知識を持って、それを組織として行動しています。

しかし、その専門知識がいざ必要なときに、組織として引き出せなければ意味がありません。したがって組織に重要なことは、いざとなったときに「あの部署の○○さんならこのことを知っているから、そこで話を聞けばいい」というWho know whatが組織全体に浸透していることが重要です。

トランザクティブ・メモリーはパフォーマンスを高める

1980〜90年代に米ハーバード大学の社会心理学者ダニエル・ウェグナーによって確立されたこの考えは、今も世界の組織学習の研究者により研究が進められています。そして多くのグループ実験や統計分析などから、トランザクティブ・メモリーがグループの記憶力やパフォーマンスを高める効果があることが確認されているのです。

大事なのはメール・電話か、直接対話か

地元企業で実施したコンサルティング・プロジェクトをある米国大学のMBA(経営学修士)の学生261人がいくつかのグループに分かれて分析しました。 社会人経験のあるMBAの学生グループですから、マーケティング・財務・営業・企画・製品開発など、多様なバックグラウンドを持っています。アンケート調査をし、「同グループの他メンバーの専門性や得られる専門知識を信頼しているか」などについて質問しました。

そしてそれらのデータを集計し、各グループのトランザクティブ・メモリー、さらに、コンサルティング・プロジェクト終了後のクライアント企業の評価などから、各グループのパフォーマンスも指数化しました。「各グループがコンサルティング・プロジェクトを遂行中にどのくらいの頻度でメンバー間のコミュニケーションをとったか」をデータ化したことが大いに参考になりました。

また、メンバーがとったコミュニケーション手段を、(1)メール.電話によるもの、(2)Face to Faceでの直接対話によるもの、に分けてそれぞれの頻度を指数化し、これらの情報を基に統計分析をしました。

その結果からは、まず「トランザクティブ・メモリーが高いグループほどプロジェクトのパフォーンスが高い」という結果が得られました。これは、ほかの多くの研究と同じ結果でした。

注目すべきは、直接対話によるコミュニケーションの頻度が多いグループがトランザクティブ・メモリーを高めました。意外にも、結果の一部からは、「メール・電話によるコミュケーションが多いことは、むしろ事後的トランザクティブ・メモリーの発達を妨げる」可能性も示されました。

「目は口ほどにものを言う』のは本当である

34組の男女のカップルを以下の条件で3つのタイプに分け、成果を比較する実験をしました。それは (1)共同作業の際に、会話することも、互いの顔を見ることもできるカップル (2)会話はできるけれど、互いの顔を見ることはできないカップル (3)会話はできないが、互いの顔を見ながら書面の交換によって意思疎通できるカップルです。

まず、3タイプの中でパフォーマンスが最も低かったカップルは、(2)になりました。これは興味深い結果ではないでしょうか。又(2)互いの顔は見えないが、会話はできる状態は、(3)会話はできないが、顔を見ながら文書交換できる状態より、パフォーマンスは悪くなりました。さらに、(1)と(3)のタイプでは、作業のパフォーマンスに違いはありませんでした。互いの顔さえ見えれば、口で話そうが、文書交換だろうが、コミュニケーションの効果は大差ないということです。

この結果から、目と目を合わせる「アイコンタクト」や顔の表情を通じてのコミュニケーションが、トランザクティブ・メモリーを高める効果がありました。 つまり、カップルやグループがこれまでに経験のない課題や疑問に遭遇したとき、言葉以上に互いの表情や目を見ることで、「誰が何を知っているか」を即時に判断するのでしょう。

メールや電話のやりとりだけでは得られない、互いに顔を突き合わせての、アイコンタクトや表情、あるいは身振り手振りも含めた、「言語を超えたコミュニケーション」を増やすことの重要性を示唆しています。

トランザクティブ・メモリーの活用は日本企業では少ない

一部の日本企業では、昔は当然のように用いられていた直接対話によるコミュニケーションの機会が減っている印象があります。 その代表例は、平場のオフィスです。個室主義の欧米と違い、かつての日本企業はオープンなオフィスが特徴的でした。しかし最近は、各自の作業スペースをパーティションで仕切るオフィスも多くなっています。

結果として、同じ部屋にいる同士なのに互いにメールでやりとりする人たちさえいます。このような職場環境の変化は、実はトランザクティブ・メモリーを妨げる遠因となっているのかもしれません。

日本企業が失い、シリコンバレー企業が取リ入れたもの

現代では敬遠されがちな、このような古き時代の慣習が、日本企業のトランザクティブ・メモリーを高めていた可能性に注目しています。だとすれば、これらに代わる、トランザクティブ・メモリーを高める新たな仕組みを意図的につくり出すことが、日本企業の大事な課題なのかもしれません。 興味深いことに、昔の日本的な「直接対話の場」と似た機会を提供しようとする先端ハイテク企業のなかには多くあります。

また、検索エンジンの米グーグルのオフィスは色々な「遊び」の施設があり、無料のカフェテリアがあることも有名です。シリコンバレーの某大手デザイン企業では、オフィスの真ん中にあえてコーヒー飲み場を置き、やっている社員がコーヒーを飲むときは一カ所に集まる機会をつくって色々な案件を議論すると聞いたこともあります。

こういった場が、同僚や他部門の人との直接対話による交流を深め、それがもしかしたらトランザクティブ・メモリーを高める要因になっているのかもしれないと考えています。

紙や電子媒体に蓄積された情報は形式知です。問題が起こり解決の糸口にするには、他の人が書いた形式知だけでは無理があります。 その人の頭の中にある暗黙知をどのように聞き出し、活用することが重要になります。そのためには、その人と会話できる機会を持つことを意識して行うことが肝要です。

参考文献:『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』 (入山章栄 著/ 日経PB社)

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