勇気づけを

上司が部下の関係において「ほめない、叱らない、教えない」と言われていす。 課題を遂行していると困難のことがよく起こります。その課題から逃げ出そうとする部下がいるとすれば、その原因は、勇気すなわち「困難を克服する活力」が欠乏しているからです。

ここで上司や先輩が叱りつければ、それはますます「勇気くじき」になってしまいます。成果が上がればほめ、上がらなければ無視する、もしくは叱るといった態度をとる上司は、部下からの信頼を失ってしまいます。

まずは、教え込まず、まずは「何を」成し遂げるのかというゴールを一緒に設定し、それを「どのように」成し遂げるのかは部下に委ねます。そして、部下から「教えてください」と要請があったときに、初めて上司がこれに応えることで十分です。 上司は部下を常に勇気づけ、本人が自分の力で課題を解決できるよう支援することを心がけることが大切です

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部下は勇気づけで自ら動く

人生は困難の連続です。私たちは困難を避けて生きることはできません。アルフレッド・アドラーは人生のあらゆる課題は以下の3つに集約されると言いました。それは

(1)仕事の課題、 (2)交友の課題、 (3)愛の課題です。

人は困難に直面した時に、2通りの反応を無自覚的に選択します。1つは、困難に立ち向かい乗り越えようと努力する。そして、2つ目は、できない言い訳を見つけて、課題から逃げ出してしまう。

たとえば、部下が普段やっている仕事よりも難易度の高い仕事を任され、これまでに取り組んだ経験がないため、ストレスもかかります。その上、通常の仕事も決して暇ではなく、むしろ忙しい方だとします。

その部下は勇気が欠乏しており、困難に立ち向かう選択肢をあきらめてしまいます。そして、2つ目の反応「できない言い訳を見つけて困難から逃げ出す」ことを選ぼうとします。 そこでよく使われる言い訳とは

・時間が足りません

・他の仕事が忙しすぎて手をつけることができません

・なぜ他の人に頼まないのでしょうか。私よりも余裕のある人がいるはずです

・体調を崩してしまい、やりたくてもできません

困難から逃げ出す原因は、勇気すなわち困難を克服する活力が欠乏しているからです。上司や先輩は逃げ出そうとする部下を叱るのではなく、「勇気づけ」を行うことです。

「勇気くじき」につながる指導

" しかし、上司は往々にして「言い訳をしないでとにかくやってみなさい!」「こんなことくらいできるだろう。俺だって若い頃はこれくらいやっていたぞ!」世の上司たちはそれが勇気くじきになっていることに気づかずに、部下を叱ります。

言葉こそ丁寧ですが、「ここのやり方はおかしい。だから、こんなふうに改めてみよう」これが指導の形になっています。しかし、言っている内容は部下のやり方を否定しています。人はダメ出しをされると、あたかも人格を否定されているかのように感じ、「責められている」と受け止めます。そして、劣等感を植え付けられ、勇気が減っていきます。

励ましのつもりなのかもしれませんが「勇気くじき」につながります。 そもそも困難から逃げ出すのは勇気が不足しているからです。

そんな時は、ダメ出しや現状否定ではなく、よい点を見つけて認め、感謝やポジティブな感想を伝えて勇気づけることです。しかし、多くの上司は逆のことをしてしまいます。 これでは、ますます部下は困難から逃げ出してしまう様々な言い訳をするだけです。

「叱らない=甘やかす」の落とし穴

上司が陥りがちな失敗は「叱ってはいけない」と学び、部下を甘やかしてしまいます。 部下を子ども扱いすることです。「あなたはまだ子ども。一人でやり遂げる能力がない。だから、私が代わりにやってあげる」。これが、甘やかしとして相手に伝わります。

「困った時は誰かが助けてくれる」「周囲の人は私を助けなければならない。私は助けてもらう権利がある」 これは「勇気くじき」以外の何ものでもありません。

本来、「勇気づけ」とは、「相手が自分の力で課題解決できるように支援する」ことです。しかし、甘やかしはその機会を逆に奪ってしまいます。そして、相手が自信を失うだけでなく、勘違いを助長します。

叱ったり、甘やかしたりするのとは違った方法で勇気づけをする。それが上司たちに求められていることなのです。

叱らずに勇気づける

叱らずに勇気づけながら部下を指導する基本の一つは「主観伝達」と「質問」です。 例えば、あなたの部下のAさんが不適切な方法で仕事をしているのを発見したとしましょう。

「Aさん、ああ、ダメダメ!そんなやり方をしたら××の問題が起きちゃうよ。 何でそんなやり方をするのかなあ ? 考えればわかるだろう。いいかい、こうやればいいんだ。こっちのやり方でやり直して!」これこそ典型的な「勇気くじき」です。「この仕事を進める際にはこんな観点に気をつけるといいかもしれませんね。そうすると、どのようなやり方が考えられますか?」このように伝えるのです。

先の勇気くじきと比較しながら見ていきましょう。勇気くじきでは「決めつけ」をしています。「ダメダメ!」「××の問題が起きちゃうよ」はいずれも「決めつけ」です。つまり「私が正しい。あなたは間違っている」「私はわかっている。あなたはわかっていない」というメッセージです。

一方で、勇気づけの方は「主観伝達」と「質問」の形を取っています。「こんな観点に気をつけるといいかもしれませんね」。これは決めつけではなく「主観伝達」です。そして、さらに「質問」を加えます。

「どのようなやり方が考えられますか?」この質問により、部下に自分の頭で考えることを促すのです。 「決めつけ」は相手に選択の余地を与えません。しかし、「主観伝達」は相手に選択の余地を与えます。それが相手への敬意につながり、相手を勇気づけるのです。

また「質問」は相手に考えさせ、思考のトレーニングを積ませるだけでなく、相手に選択を委ねます。そのことにより、部下は自分の意思で行動できるのです。

「どのようなやり方が考えられますか?」という質問に対して、部下は「では、××の対策を取ってみます」といった主体的な意思決定をすることができるでしょう。そのことにより、部下が主導権を握ることができるのです。 「主観伝達」と「質問」は部下を勇気づけます。ぜひ勇気づけ、やる気にさせます。

「誘い水」指導でアイデアを引き出す

さらに、叱らずに勇気づけながら部下を指導する基本的方法の3つ目の「誘い水」指導です。 先の例で考えてみましょう。 「Aさん、この仕事を進める際にはこんな観点に気をつけるといいかもしれませんね。どのようなやり方が考えられますか?」このように「主観伝達」と「質問」で部下に選択の余地を与えます。

しかし、余地は与えたものの、部下の反応が今ひとつ薄い時があります。 「ええと…、ちょっと思いつきません」こちらが期待した提案や意見が全く出てこない、もどかしい状況です。しかし、そんな時に焦って叱ってはいけません。まずは質問を継続します。こんな場面で「誘い水」が有効になります。

「たとえぼ、こんなやり方があるかもしれませんね。以前、別のお客様で実行してうまくいった方法なのですが…」「たとえぼ、こんな見方はできないでしょうか。

お客様の視点から考えてみると、こんな提案をしてもらったら、うれしいかもしれませんね」上司がポンプの取手を上下させて、部下の意見という水を汲み出そうとしても、なかなか出てこない場合には、上司の方からアイデアという誘い水をかけてみる。

それにより、部下自身の意見を誘い出すのです。 ただし、気をつけなければならないことがあります。それは誘い水をじゃぶじゃぶと注ぎ続けてはいけないということです。誘い水はあくまでも、部下の意見が出てくるまでの経過措置。

部下の意見が出始めたら、さっと引っ込めること。頃合いが重要です。「出ては引く、出ては引く」の繰り返しを行います。 部下とのコミュニケーションを上手に行うには「主観伝達」、「質問」、「誘い水」が大切な要因となります。

参考文献:『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』 (小倉広著/ 日経BP社)

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