わかっていても実行できないのか

トヨタ自動車は2015年3月期、純利益が初めて2兆円の大台を超え、過去最高益更新を更新しました。そのトヨタのジャストインタイムを導入しようとして、その解説本を読んだり、またトヨタの工場を見学し、理解できたとしても、ジャストインタイムは正常に稼働できないでしょう。

本を読み、現場を見学できれば、ほとんどの会社がジャストインタイムを使いこなし、会社の業績を上げる可能性があります。泳ぎを覚えるのに水泳の解説書をいくら読んでも覚えられないのと同じことです。

  会議でいいアイデアの発表があったとき、十分な計画ができていなくても、まず行動を起こして様々な経験をし、修正していった方が良いのです。行動すればトラブルも起きますが、これを寛容に受け入れ、人材教育の機会と捉えることが企業にとって重要です。

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実践から学べば知識と行動のギャップは生まれない

ビジネス書には「わが社はこうして成功した」というたぐいの記述があふれ、参考になる情報もある。しかし、本を読んだり、研修プログラムに参加し、セミナ―の講義に出席したりしても、それだけの話である。ビジネスのコンセプトやおおまかな構造は知ることはできる。少なくとも知識を得た気分にはなる。

 しかし、その知識を実行するには至らない。何をすべきかを知ること、その知識に基づいて行動する能力が、それほど強く結びついてはいない。マネジメントについて書かれた本はどれも万能薬ではない。

 一冊の本を読んで、その内容を簡単に実行できるなら、知識を実践している企業がこれほど有利な立場に立てるはずはない。他社がやれないことをやる。これが競争に勝つ条件である。本を読み、セミナーに参加することは、だれにでもできる。ポイントはその知識を企業活動に適応できるかである。

  目的は知識を行動に変えるという考え方である。しかし、行動を起こす意欲や姿勢がなければ何も始まらない。だとすれば、読んだり考えたりするのと同様に、行動からも学べるはずだ。もし、自分の行動から学ぶことができるなら、知識と行動のギャップは大きくないだろう。自分の行動から得た知識なら、実行もそれほど難しくない。

  現代のマネジメント教育は、教室で行われるケーススタディや理論に基づいたプレゼンテーションやディスカッションなどが中心である。ここには、行動から学ぶ視点が欠けている。行動から学ぶことのメリットをもっと見直すべきだろう。技術の習得には、行動から学ぶという要素が盛り込まれている。

  言いかえれば、知識と行動の問題に対する答えは、まさかと思うほど単純なことである。すなわち、「中途半端な研修プログラムより、実際の仕事を通して新しい知識を獲得しろ」ということだ。

机上の空論を省いて行動を起こすには

マネジメント教育がスマートな発言を奨励し、気のきいた発言で学生を評価する。コンサルティング会社の業務も、トークとプレゼンテーションが中心である。非公式なトークや、正式なプレゼンテーション、定量分析も必要です。これらは重要な準備活動である。

 ただ、それだけで行動のかわりにはならない。コンサルタントに依頼するのもよい。しかし、おまけがついてくることを忘れてはいけない。社員であれ、コンサルタントであれ、トークが専門の人々を社内に招き入れると、行動をはばむ要素もいっしょにもち込まれるのだ。これでは、企業がせっかく買い取った知識を行動に移せない。

  この弊害を巧みにかわしている組織では、こんな手段を講じていた。

◎ 現場にかかわってきた人を経営幹部に加えて、現場の知識がマネジメントに反映されている。

◎ 単純さを高く評価する社風があって、必要以上に複雑にしないようにしている。

"常識"と呼ばれることが、ここでは侮辱ではなく賛辞である。単純明快な用語が使われている。

◎ 行動を促すような用語を使う。トークがトークに終わらず、きちんと実行されたことをフォローアップするシステムがある。

◎ 実行できない言い訳や批判を受け入れない。反対意見は、解決すべき問題として取り上げる。 以上4点である。

たとえば、トーマス・エジソンは、蓄音機や電球、映画用カメラなどを発明した。しかし、最大の発明は「発明工場」というビジネスをつくったことだと、歴史家は見ている。

この工場で知識もあり仕事のする彼は毎年、何百という発明品を生み出した。何十年間もエジソンはニュージャージー州メンロパークとウエストオレンジにあった実験室で、アイデアを思いついてはテストをくり返した。

 エジソンは一匹狼の発明家のように語られるが、何千もの発明の陰には、実験室で仕事をした協力者たちがいた。エジソンは彼らと親しく接していたという。有望なアイデアと、捨てるべきアイデアを選別するのに、彼の実用的な知識と気さくな態度が役立ったと、テクノロジー史の研究家は述べている。

  又もう1つの例として、1970年代にスタンフォード研究所(SRI)は、メリルリンチの金融資産総合口座(CMA)の開発にかかわっていた。小切手の書き込みやクレジットカード、MMF、証券売買などを総合したCMAは、いまでは当たり前だが、1970年代には革命的な発想だった。

 当時、メリルリンチのCEOはドナルド・リーガンだった。SRIがこの商品の戦略や競争力についてプレゼンテーションを行うと、リーガンはこんな反応を見せたという。 リーガンは室内を歩き回って、役員たちの感想を求めた。彼らはみな問題を見つけていた。

 営業担当副社長は、導入にかかるコストを心配した。証券の売買なら手数料が高いので、まずまず利益が上がるが、MMF口座や小切手の書き込みなどになると、数セントという安い手数料で取引しなければならない。これでは割に合わない。法務担当副社長は、CMAを導入すると銀行並みに規制が厳しくなると危惧した。

 株式会社設立認許状や認可も必要になるだろう。しかも競争相手の抵抗を考えるとその取得はなかなか困難だと危惧した。マーケティング担当副社長は、メリルリンチの顧客である銀行がライバルになり不快感をもち、ほかの証券会社へ取引を移すかもしれない、と懸念を表した。それぞれの役員が不安材料を出した。

  注意しておくことは、実行がともなわない組織では、さんざん賛否両論を戦わせ、落とし穴や困難を見出すだけで、試みることさえしない。 話し合いは、どんな用語を使うかによって、行動を促すきっかけにも、行動を起こさない言い訳にもなる。

言葉を使って進める活動、たとえば計画立案、プレゼンテーション、会議などは、前例となり組織の特性となっていく。こうした前例が積み重なると、知識と行動のギャップをさらに深くしてしまう場合がある。

  しかし、リーガンはこれらの問題を却下しなかった。それは難しい障壁に違いない。しかし「問題含みだから、この話を進めるのはやめよう」とも言わなかった。この商品の意義は大きいので、ぜひ導入しようというスタンスで、問題を新たな角度から眺めることにした。

 「それでは、明らかになった問題点をどうやって解決しますか?」。いまや、問題はこの商品を導入するかどうかではなく、これだけの障壁があるが、どうやってそれを乗り越えるか、ということに移っていた。問題点を指摘した副社長たちは、今度はその問題を解決する方法を考えはじめた。

行動を起こさせる言葉を使い、実施結果を確認する

組織の至るところに言葉があふれている。問題は、話し合いが行われるかどうかではない。話し合いの内容と、その結果が問題なのだ。積極的な行動につながるかどうかが、言葉の真価を決めるポイントである。

知識を実行できている組織では、行動を起こすにも、行動の結果を確認するにも、言葉をうまく活用している。行動を起こすためには想像力豊かにビジョンを描き、現実的な眼で現在をとらえ、過去の中から将来と対比できるものを選んで、行動を具体的に示す言葉を使わなければならない。

「なぜできないのか」ではなく「どうすれば実行できるか」である

実行できない理由を探し出すのもよい。ただ、それだけで終わらせず、見つかった問題を解決する方向に考え方を変えてはどうだろうか?「なぜできないのか」から「どうすれば実行できるか」への転換である。

知識をきちんと実践している組織は、行動しなければならない、という緊迫感がある。問題や障害があっても、何かをやらないですます理由にはしない。どうすれば目標が達成できるかという問題に設定し直し、知恵を絞る。

参考文献:『なぜ、わかっていても実行できないのか』 (著者 ジェフリー・フェファー/ロバート・サットン 著/日本経済新聞出版社)

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