■ 小が大に勝つ
中小企業は一つの特殊な分野に特化することで、大企業が手を回す余裕のない隙(ニッチ市場)を突いて成功を収める手法が話題になります。
中小企業のとるべき戦略は差別化による、すぐれた技術の開発、狭い市場で接近戦を行い、力を一点に集中させることです。 ビジネスでは、ターゲット層を絞り込み特に、小回りをきかせ、サービスの迅速化など大企業にない特徴を打ち出すことで有利な展開になります。
相手にも弱みがあることを見抜き、自社の強みを磨き信念を持って挑めば必ず勝利を手にすることができます たとえば、価格や量で勝負するのではなく、お客様が1個でも注文があるなら、それに答えるようなサービス体制を組み立てることが大きな成功要因となります。
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羊飼いの少年はなぜ屈強な大男を倒せたか
険しいユデア山地と、地中海沿いの広々とした平原のあいだに横たわるパレスチナは、その昔シェフェラと呼ばれていた。息をのむほど美しい景色、ぶどうと小麦が豊かに実り、森が広がるこの一帯は、戦略的にもきわめて重要なところだった。
シェフェラの覇権をめぐっては、数えきれないほどの戦いが行なわれてきた。地中海沿いに暮らす人びとにとって、高地にあるヘブロン、ベツレヘム、エルサレムに行くにはシェフェラの渓谷を通るしかない。最も重要だったのは北のアイジャロン谷だったが、多く逸話に登場するのはエラの谷だ。有名なのは旧約聖書の時代、建国したばかりのイスラエル王国がペリシテ人の軍勢と衝突した戦いだろう。
ペリシテ人はクレタ島の出身だ。海を越えてやってきて、海岸沿いに定住した。イスラエル人は初代のサウル王のもと、山岳地帯に肩を寄せあって暮らしていた。ところが紀元前11世紀後半、ペリシテ人が東に移動を開始し、エラ谷を上流にさかのぼりはじめる。ねらいはベツレヘム近くの山を征服し、サウル王の国を分裂させることだった。
好戦的なペリシテ人は、イスラエル人にとって宿敵であり、危険な存在だった。事態を察知したサウル王は兵を集め、彼らを迎えうつべく山を下り、エラの谷の北側に陣営を構える。
一方、ペリシテ軍は南側の尾根に陣をとった。両軍は谷を挟んでにらみあい、どちらも動こうとしなかった。谷底におりて、敵陣に向けてふたたびのぼるのは自殺行為に等しい。しびれを切らしたのはペリシテ軍だった。膠着状態を打開するため、ひとりの屈強な兵士が谷をくだりはじめた。
彼は身の丈2メートルを超える大男で、青銅のかぶとと甲冑をまとい、槍と剣を手にしていた。大きな盾を構えた別の兵士がその前を歩いている。巨漢の兵士はイスラエル軍の前に立ちはだかり、大音声で叫んだ。「誰かひとり出てきて、俺と対決しろ、俺を負かしたら、全員奴隷になってやる。
だが俺がそいつを倒したら、おまえたちが奴隷になれ」。イスラエル軍の陣営は誰ひとり動こうとしなかった。「あんな恐ろしい大男に勝てるわけがない。」ところがそのとき、羊飼いの少年が名乗りをあげた。
少年は、前線にいる兄たちに食べ物を届けるためにベツレヘムから来たところだった。サウル王は「おまえはまだ子どもではないか。あのぺリシテ人は百戦錬磨の戦士だ。到底かなわない」と難色を示した。それでも少年の意志は固く「ライオンや熊に羊をさらわれたときも、私はあとを追いかけて猛獣を倒し、羊を取りかえしました」と。
そこまで言われると、サウル王も承諾しないわけにはいかなかった。サウル王は自らの剣と鎧を与えようとするが、牛飼いは断る。「鎧は不慣れなので、着けると歩けません」。代わりに丸石を五個拾って肩から下げた袋に詰め、羊飼いの杖を持って谷をくだっていった。待ちかまえるペリシテ人は叫んだ。「かかってこい。おまえの肉を天の鳥や地の獣の餌にしてくれるわ」。こうして史上最も有名な決闘が幕を開けた。
ペリシテ人の大男の名前はゴリアテ。羊飼いの名前はダビデだ。 ゴリアテがイスラエルの軍勢に対して要求したのは―騎打ちだった。古代世界ではおなじみの形式だ。全面衝突で多くの血が流れるのを避けるために、代表者1名どうしが決闘する。
ゴリアテはそれ以外の形は想像もしていなかった。そこで相手の攻撃から身体を保護するために、青銅の鱗をびっしりつけた鎧で、上半身から腕、ひざまでおおった。その重さたるや50キログラムは下らなかっただろう。さらに脚にも薄い青銅板をかぶせた。
かぶとも重たい金属製だ。武器は接近戦で威力を発揮するものばかりで、盾や鎧さえも突きぬける槍、腰から下げた剣、それに柄が機の巻き棒ほどもある短い投げ槍だった。投げ槍には紐と重りが付いており、標的に正確に命中させることができた。
敵軍からやってきたのが百戦錬磨の戦士ではなく、貧しい羊飼いの少年だったので、ゴリアテは気分を害する。あんな粗末な杖で自分の剣と戦おうというのか。ゴリアテは言った。「棒きれ一本で向かってくるとは、犬並みの扱いだな」。
想定外の武器で
だが、伝説はそこから始まった。ダビデが革製の投石器から放った石は、ゴリアテの無防備な額に命中する。不意を突かれたゴリアテはその場に倒れた。すかさずダビデは駆けよってゴリアテの剣を奪い、ひと振りで巨入の首をはねた。
古代の軍隊は馬や戦車を駆る騎兵、次に鎧を着け、剣と盾を持つ歩兵の兵士がいた。そして3番目が榔弾兵。いまで言う砲兵で、弓や投石器を使う。投石器とは袋状になった革の両端をロープにくくりつけたもの。石や鉛球を革に入れて振りまわし、勢いがついたところでロープの片方を放すと、石が前方に飛んでいく仕組みだ。
投石器を使いこなすには高度な技術と習練が必要だが、名人が扱えば威力充分の飛び道具になった。中世の絵画には、投石器で飛んでいる鳥を射止める場面がえがかれている。アイルランドには名手が多く、はるか遠くにかろうじて見える硬貨にも命中させたという。旧約聖書の士師記には、兵士の投げる石は「髪の毛一筋」の精度があったと書かれている。
経験を積んだ投石兵であれば、200メートル離れた敵を即死させた、重傷を負わせることもできた。たとえばメジャーリーグのピッチャーが、自分の頭めがけてボールを投げてくるところを想像してほしい。投石器の威力はおおよそそんなところだーしかも飛んでくるのはコルクと革でできた野球のボールではなく、固い石である。
古代の戦闘において投石器が重要な役割を持っていたので、3種類の兵士はちょうどじゃんけんの石、紙、はさみのようなバランスを保っていたと考える。長槍と鎧で武装した歩兵は騎兵を寄せつけない。騎兵はすばやい動きで郷弾兵の攻撃をかわすことができる。重たい鎧のせいで動きがままならない歩兵は、100メートル離れた擲弾兵にとって格好の標的だった。
ゴリアテもまた重歩兵だった。彼が想定していたのは、自分と同じ重歩兵との1対1での戦いだった。 ところがダビデ本人は、決闘の決まりごとに従うつもりはさらさらなかった。羊の群れを襲うライオンや熊を倒したことがあるというダビデの主張は、自らの勇気を示すだけでなく、野獣と同じように投石器でゴリアテと戦うという意思表明だった。
ダビデはゴリアテに向かって走りだした。重たい鎧を着けていないので、身軽に動くことができた。そして投石器の袋に石を入れ、ぐるぐると振りまわす。
その速さが1秒に6〜7回転に達したところで、ゴリアテの唯一の弱点である額めがけて石を発射した。イスラエル軍の弾道学の専門家エイタン・ヒルシュは、熟練者が35メートル離れたところから平均的な大きさの石を発射すると、時速120キロメートルの速さに達すると。
額に命中すれば頭蓋骨にのめりこみ、即死か意識不明だ。敵の威力を奪う目的なら、現代のピストルと遜色ないだろう。その場にじっと立っていたゴリアテが、石をよける時間はなかっただろう。
ゴリアテはなすすべもなかった。50キログラムの鎧をまとつて敵の攻撃を防ぎ、手に持っている槍でひと突きしてやろうと、その場に仁王立ちになっていたのだ。こちらに走ってくるダビデを見ながら、最初はせせら笑っていたにちがいない。
ダビデが二度も剣と槍に言及したのは、自分の戦いかたが敵と根本的に異なることを強調したかったのだろう。彼が石を取りだしたとき、谷の両側で成りゆきを見守っていた両陣営は、ダビデが勝つとは夢にも思わなかった。しかしダビデは、飛び道具で重歩兵を一撃のもとに倒した。
強みを活かす
ダビデが偉かったのは、はるかに強い相手との戦いに自ら臨んだからではない。弱い者も武器の使いかたしだいで立場を逆転させ、優勢になれることを知っていたからだ。 そのひとつが、力に対ずる思いこみだ。
サウル王が勝ち目はないと考えたのは、ダビデが小柄で、ゴリアテが巨人だったから。つまり腕力のあるほうが強いと信じて疑わなかった。だが力は腕力だけではない。常識をくつがえし、すばやく意表を突くことも大きな力になりうる。
もうひとつ、さらに根が深い問題がある。サウル王をはじめとするイスラエル人たちが、ゴリアテに対して抱いた思いこみだ。彼らはゴリアテをひと目見て無敵の戦士と判断したが、ほんとうの姿を見ぬいてはいなかった。実際、ゴリアテの行動は不思議なものだった。谷底におりてきた彼は盾持ちに前を歩かせていたのだ。
盾持ちは弓兵に随行することが多い。弓矢を使っていると自分では盾で身を守れないからだ。だがこれから1対1で戦うゴリアテが、なぜ盾持ちを伴わなくてはならないのか?
それだけではない。ゴリアテはダビデに「さあ、来い」とけしかけた。なぜ自分から向かっていこうとしないのか? 谷の上にいるイスラエル人たちには、ゴリアテは恐ろしい巨人に見えたことだろう。しかし実際には、ゴリアテの並みはずれた体格こそが最大の弱点だった。どんなに強そうでも、見た目ほど強いとはかぎらない。これはあらゆる巨人と戦うときに役だつ大切な教訓だ。
参考文献:『逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密』 (著者 マルコム・グラッドウェル /講談社)