■ 3現主義
見たり、聞いたり、試したりと言う行動は、ホンダの商品開発や経営のあり方に対する本田宗一郎の考え方を端的に表している基本哲学である3現主義です。 本田宗一郎は現場で現実に起こった現物のみを信用し、それ以外はいっさい信用しなかった。商品開発する於いては、消費者と同じ環境に浸り、消費者と対話し、生活環境を共有することを述べています。
消費者は便利で価格に見合う価値があると満足します。リーダーが会社の理念、主義を浸透させるため、絶えず現場を肌身で感じ取り、問題があれば、現場に乗り込む姿勢が必要です。
そして、社員が受身の姿勢ではなく、自ら知恵を出す環境を創り出すことが問われます。成果に結びつく仕組みを工夫し、社員の現場での行動が会社の行動基準に合致しているか絶えず検証を行うことが重要な要因になります。
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台湾で学んだことー経営者の原点
高原豪久氏(現ユニ・チャーム社長)は1994年、33歳で台湾法人副董事長(日本の副会長)として赴任しました。創業10年は2億円を超える赤字でした。ユニ・チャームが生産、開発、マーケティングを、営業はパートナー側が担当するという役割分担であった。約230人の社員の士気は極めて低く、雰囲気は最悪だった。
まず、パートナーである董事長に立て直しの真剣さを認めてもらうために、社用車を廃止し、役員クラスが泊まる高級ホテルをキャンセルして事務所近くの古びた安宿で荷物を解いた。絶えず停電や断水、雨漏りがする宿に泊まり. 移動は徒歩で、食事は露天食堂でし、台湾の人々の金銭感覚や生活習慣を身に付ける。
そして、庶民が何を求めているかといった現場感を肌で感じ取った。その後の変革をリードする際に大きな武器となった。
現場の知恵を経営に生かす
営業所の商品置場の片隅に縁台のような椅子を集めて、現場の社員30人ぐらいで、とことん飲みながら対話した。最初は遠慮がちだった社員たちも、酒が入るにつれて「ユニ・チャ―ムの商品は、本当はもっと安くしないと売れないんだ!」と本音を語ってくれるようになった。その本音を下戸の社員に議論の経緯をすべてメモに取らせ、翌朝に高原氏と総経埋(日本の社長)に持ってくるよう指示した。
メモを吟味し、解決できることから逐一実行した。このように裸で現場に飛び込み、最前線の生の声に触れ、一緒に問題に触れ、できることから解決することを繰り返した結果、徐々に社員の信頼を得られた。
「経営の視点は現場を知り、現場の知恵を経営に生かす」ことの大切さを痛感した。その後、台湾では「共振」した社員全員が改革目標を肝に入れ、改革のための計画を着実に実行し、ほどなくして黒字体質に転換した。この台湾での経験以来、「共振は、経営を実践する際のよりどころとなる。
ユニ・チャームの3現主義
経営で最も頼りにするのは現場のリアルな事実―現場に直接赴いて己の耳目で集めた1次情報と、現場で養った「直感力」。これに対して、2次情報は他人の手が入った情報、書籍やインターネットなどで簡単に入手できる。これは「誰もが入手可能」という利便性があるが故に、優位性を生み出すことは非常に難しい。
1次情報は人それぞれの気づきから得られので色あせることはない。つまり、どれだけ現場に足を運び、ありのままの現実を直視し、耳の痛い話を聞いたかによって差が生まれる。
1次情報を取り扱う際に
この「3現主義に基づいた1次情報」を分析する際は、注意点があります。1次情報は生鮮品のようなもので、現時点です。変化の激しい今日において、1年前はもちろん、場合によっては数カ月前の情報も使いものにならない。自分や自社・自部門の都合という色メガネを排し、「顧客の心にある真実」を直視すること。
多くの場合、自分のこれまでの人生で培った価値観が視野を狭めてしまい、真実を覆い隠してしまうからです。そして、どんなに大量の1次情報を集めても、これを正しく把握し活用するには、相当の訓練と継続が必要となる。
実際にそこで暮らしてみる
高原氏は海外出張の折には必ず時間を割いて、消費者の自宅を訪問する。消費者のご自宅訪問は開発者やマーケターが何よりも優先して時間を割く業務だ。消費者の日々の暮らしを実際に体験することより、自社の商品の悪い点や改良すべき点がよりハッキリと見える。
アジア各地でー斉に芽吹きつつある中間所得者層のニーズにマッチした商品を開発するためには、その地に暮らす顧客の心にある真実をつかまなければならない。しかし、多くの場合、日本で人手できる2次情報では、真実とは程遠いイメージ一で現地を見てしまう。これを是正するには、現地に赴き、消費の現場で実際に「暮らしてみる」経験が何よりも有効だ。
訪問した家庭でご主人や奥様の家事を手伝い、また、赤ちゃんのお世話をしたりしながら、いろいろな話を伺う。このような体験を通じて磨かれた「直感力」や「現場感」があればこそ、1次情報から本質を見極めることが可能になる。
経営者の視点で、その現場は何を期待しているか、なぜこのような戦略をその現場が実践しなければならないかについて、じっくり会話をする。今後、全社員が愚直に「3現主義に碁ついた1次情報の入手」を実践し,「直感力」「現場感」を養うことを取り組み続ける。
インドネシア市場への参入
インドネシアは赤ちゃん人口が日本の4倍である。紙おむつを使用している世帯は全体の約30%で、そのうち、紙おむつだけで育児をしている割合は7%、残りの23%の世帯は、夜間就寝時や外出時など,特別なときにのみ利用している状態だ。過去に進出した国で蓄積した経験則があるユニ・チャームは、家計への負担を考慮し買ってもらえる値段を割り出した。
もちろん、価格に見合う以上の付加価値を搭載した。日本では当たり前「後処理テープ」(使用後のおむつを捨てるとき、丸めて留めるためのテープ)を省くなどゼロから商品設計を修正し手軽に買ってもらえる価格に見合うコストを実現した。インドネシアでは月給ではなく「週払い賃金」という制度があり、買い物においても「必要なときに、必要なものを、必要なだけ」買うという習慣がある。
そのため、紙おむつも「1枚入り」の商品を開発し、手軽に購入できるようにした。あとは、現地の流通チャネルに合致して営業活動を展開した。インドネシアでは町のあちこちに「ワルン」と呼ばれる小さ雑貨店があり、庶民の生活に浸透している。
ワルンは個人店主が経営しており、客は皆顔見知りで、単に物を売り買いするだけでなく、井戸端会議の場でもあり、口コミの発信拠点でもある。インドネシア全土に約180万店あるこのワルンを、一店―店地道に開拓していった。以上の取り組みが奏功し、直近のシェアは6割を超えるに至った。
しかし、魅力的なインドネシア市場をユニ・チャームに任せっぱなしにしてくれるほど競合各社は甘くない。今回の取り組みも、もう過去のもの、わが社の社員はこれまでの成功をキッパリと捨て去り、新たな戦略を開始した。
事実と向き合い、課題の本質に迫る
戦略課題の解決で最も重要なことは、多くの解決策のなかから「これぞ進むべき道」という策を選択し、なんとしてもそれを遂行する経営の意志を示すことだ。経営の意志を強固なものとし、これを社内に浸透させるためには、「本当の事実」と向き合い、その背後にある「課題の本質」に迫らなければならない。
すべては、いま現在の事実の把握から始まる。製品の性格上、なかなか使い心地を語ってもらえない「もの言わぬ顧客」について、過去の経験や独自の勘に頼らず、固定観念や先入観などのバイアスを排除して、さまざまな角度から、さまざまな事実を収集し、分析することが重要だ。
そして、何が本当の事実なのかを見極めなくてはならない。顧客満足度調査や売上数字からは本当の事実は見えてこない。さらには、解決すべき課題の背後にある要因にまでたどり着かなくてはならない。売り上げが減っているのは、市場が縮んできているからか、あるいは、シェアが減ったためか。
シェアが低下しているとすれば、製品を取り扱う店舗の数が減っているからか、競合と競り負けているからか、消費者や取引先の信頼を失っていないかを見きわめる。営業、開発、生産、物流、マーケティングの各部門が、また経営層が、それぞれが何をすればよいかを因数分解して追及することが重要だ。
カリスマと言われた創業者の後を引き継ぎ、それ以上の成果をだしているのは、現場をみるだけでは無く、入り込み、消費者の想いを掴む。その行動は「共振の経営」となり、それが全社員に浸透し、大きな成果に結び付くことになっている。
参考文献:『ユニ・チャーム 共振の経営』(高原 豪久 ユニ・チャーム社長 著/日本経済新聞社出版 )