サッカーもデーダ分析から

FIFAワールドカップ・ブラジル大会が幕を閉じました。サッカー大会の最高峰であるこのイベントは、テレビの視聴者数ではオリンピックをも凌ぐ、世界最大のスポーツの祭典でもあります。

毎回のことながら、たったひとつのスポーツ、しかもごくシンプルな競技が全世界を熱狂の渦に巻き込むさまには驚かされます。しかし、そのシンプルさこそサッカーの魅力なのかもしれません。

大がかりな設備や高価な道具が要るようでは、その競技の普及は限られます。その点サッカーなら、ボールが1個あれば始められるので、国や個人の貧富に関わりなく誰でも楽しめるのです。

とはいえ、その手軽さやルールの簡潔さゆえに、奥が深いスポーツでもあります。そんなサッカー観戦の楽しみを倍増させてくれるのが「データ」です。今やスポーツの世界でも、データ活用が当たり前の時代。もちろん、ビジネスも例外ではありません。

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「データ」が勝敗を左右する時代

近頃「ビッグデータ活用」の重要性や必要性がしきりと話題にのぼっています。インターネットの普及とIT技術の進歩によって、以前とは比べ物にならないほど大容量かつ多様な情報が手に入るようになりました。そのデータを分析し、うまくビジネスに役立てられれば、今までにない価値を生み出すこともできるでしょう。

スポーツにおいても、データはますます重視されるようになっています。相手チームの強みや弱みを探って試合に生かすだけでなく、選手の心拍数から練習の負荷を測定し、異変にいち早く気づくことで怪我の予防まで可能なのです。

集めただけでは意味がない

このように大きな可能性を秘めた「データ」ですが、ただ集めればいいというわけではありません。企業の例でいえば、売り上げや客数などの結果データは簡単に入手できますが、その数字が落ちていたとして、「ではなぜ売り上げが減ったのか」「客数を左右する要因は何か」といった、原因を推定できるデータがなければ、手を打つことができないからです。

かつて、データの収集が手入力だった頃には、サッカー1試合のデータを集めるのに12時間かかっていたそうです。

その後、プロスポーツのデータ分析をする企業が登場しますが、はじめのうちは選手のパスやタックルの数、走行距離といった取得しやすい情報を集め、クラブもその数字を基に選手を評価していました。ところが、実はそれらと勝利との間に相関関係はありませんでした。

つまり、目的や仮説のないまま手当たり次第にデータを集めて分析を試みても、あまり得るものはないのです。そこで大切なのが「KPI」(重要業績評価指標)の設定です。

サッカーも経営も「KPI」で勝つ

KPIはビジネスでよく使われる、プロセスの指標です。営業を例に挙げると、受注の有無という結果だけを見るのではなく、その結果に至るまでのプロセスに着目し、管理していくことが大切です。

営業活動は主に「訪問リスト作成」「商談」「提案書提出」「見積提出」「受注」のプロセスに分解できます。各プロセスの量と質を改善し、向上させていけば受注確度アップにつながるでしょう。

そのとき、役立つのがKPIです。全社的な実績数値を参考に、プロセスごとの目標数値を設定します。そうして実際の数値と比較することで、問題点を把握することができます。

たとえば、ある営業マンはアプローチ件数に対し、提案書提出の比率が少ないとしましょう。すると、その人には顧客のニーズを汲みとるためのヒアリングスキルが必要だとわかります。見積提出件数に対して成約が少ないなら、身につけるべきはクロージングスキルです。このように、どこに問題があるのかがわかれば、具体的な対策を打つことができるのです。

サッカーの場合は、勝敗と強い相関を持つ指標がKPIとなります。有名なのは、フォワード(FW)とディフェンダー(DF)の距離でしょう。一般的に、この距離が短いほど有利とされています。選手同士の距離が縮まり、パスをテンポ良くつないだり、相手にプレッシャーをかけたりしやすくなるのです。反対にこの距離が開きすぎると、攻撃が停滞したり、逆襲を受けやすくなったりして、失点につながりやすいそうです。

見るべきポイントはどこか?

見るべきポイントはどこか? そこで、適正距離から外れた時間帯をピックアップし、映像分析で原因を特定すれば、チームへの素早いフィードバックが可能になります。試合が終わると選手たちはまた次の試合に向けて練習を始めるので、課題を把握するのは早いに越したことはありません。

長時間に及ぶ試合映像すべてに向き合っていては、改善点を洗い出すのに時間がかかってしまいます。データの分析と活用は時間との闘いなのです。

監督やコーチの「分析する眼」(=主観)も重要です。指導者の主観的な分析力と客観的なデータを駆使した分析をうまく組み合わせ、納得性の高いロジックを組み立てていく必要があります。感覚や主観のみに基づいた指導では、欧米の選手は納得しないそうです。根拠となるデータを示して論理的に説明ができれば、素直に耳を傾けてくれます。

これはスポーツに限らず、仕事にも当てはまることでしょう。印象論や精神論だけで部下を鼓舞しようとするよりも、客観的事実としてのデータや数値目標を用いたほうが、はるかに伝わりやすくなります。もちろん、上司を説得する際にもデータは有効です。

注意すべきは、膨大なデータをそのまま見せて選手たちを頭でっかちにしないこと。データの中には、勝利に深く関わるものから無関係なものまで、様々な情報が混じっています。

それを全部知ってしまうと、本当に意識するべきことがぼやけてしまう恐れがあります。データの全容を把握することがデータ活用ではありません。有意義な情報を厳選して伝えることで、選手たちを惑わせることなく、良い方向に導くことができます。

つまり、どんなにデータ収集の技術が発達して、より詳細な情報が入手できるようになっても、それを生かしきれるかどうかは、最終的には活用する人次第だということです。だからこそ、KPIを適切に設定することが肝要なのです。

ブラジル大会が終わり…

今回のワールドカップでは、日本代表は史上最強のチームと言われ、ベスト8に入ることを期待されていました。前回の優勝国・スペインのパスサッカーをお手本に、ザッケローニ監督のもと練習に励んできましたが、残念ながら1勝もできないまま、1次リーグ敗退となりました。

日本の活躍を信じていた多くの人々にとって、この結果はショッキングでした。けれども全体を見渡すと、もっと驚愕させられたのは、スペインの1次リーグ敗退ではないでしょうか。初戦でオランダに1‐5の大敗。こんな結末を、誰が予想し得たでしょう。

実はオランダは、前回大会の決勝で敗れた宿敵・スペインを徹底的に研究して試合に臨んでいました。また、オランダも含め今回の大会でベスト8に残ったチームはどこも、戦況に合わせて戦い方を組み直し、素早く行動していました。

従来、サッカーの戦術は細かいパスをつないで迫るパスサッカーか、守りを固めた上で、ロングパスを使って相手守備を崩して迫るカウンターサッカーかに大別されてきました。今大会では多くのチームが後者を採用したため、ボールが自陣ゴール前から敵陣ゴール前へとめまぐるしく行き交う試合が増えました。

優勝したドイツの戦いぶりは、相容れない技術と考えられてきた両者が絶妙に組み合わされ、守りと攻めが渾然一体に展開される「パスサッカー的カウンターサッカー」とでも呼ぶべき、驚異のスピードサッカーでした。華麗なボールさばき、強靱さ・速さ・たくましさの合体、守備と切れ目なくつながった攻撃。

今後、世界ではこのようなスタイルが主流になっていくかもしれません。日本チームは果たして、どんなサッカーを目指していくのでしょうか。何れにせよ、次のワールドカップが開催される頃には、データの活用がより一層進んでいることは間違いないでしょう。

参考文献:『日経情報ストラテジー』(2014年8月号/日経BP社)の特集「データで読み解くサッカー」

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