経営はシンセシス(統合)力が問われる

会社経営とは、すなわち矛盾の克服です。日々直面する様々な問題をできるだけ短期間で解決し、克服する能力が求められます。

 会社のマニュアルにしたがって行う業務であれば、IT力や英語力、あるいは会計や法務など、必要なスキルを身につけることで対応できるでしょう。 ところが、経営における問いへの答えは常に「特殊解」です。何が正解かはケース・バイ・ケースでまったく変わってくるのです。 そこでカギとなるのが「経営センス」です。

 優れたリーダーは何かに反応して動くのではなく、多様な経験から培ってきた感性を基に、能動的にアイデアを生み出し、企業の針路を決定します。

自分の眼で観て、自分の手で触り、自分の頭で考える習慣を持つことで経営センスが養われ、《 創って、作って、売る 》という商売のサイクルを円滑に回せるようになります。

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スキルだけでは経営はできない

最近のビジネス書を読んでみると「…ということで、これからは○○のスキルを身につけましょう」といった結論で締めくくっているものが多いようです。確かに、英会話や財務諸表読み解き、現在企業価値の計算などの場面であれば、その状況に応じたスキルは大いに役立つことでしょう。

けれども、経営となると話は別です。企業を経営することは戦略をつくることであり、それはスキルの習得だけではどうにもなりません。優れた戦略をつくるために必要なのは、ずばり「センス」です。

「異性にモテる・モテない」― これも、スキルよりセンスが重要な典型例です。モテる人にはセンスがあり、モテない人にはセンスがない。モテない原因は、スキルの不足や欠如ではないのですが、この当たり前のことを混同している人が意外にたくさんいます。

知識を得るより、センスを磨け

スキルとセンスをごっちゃにしていると、どうしてもスキル偏重・センス軽視に走りがちです。スキルなら定義するのも簡単で、得点や資格などのかたちで示すことができるため、自分にとっても他人にとっても、非常にわかりやすいからです。

英語能力は、例えばTOEICの点数で測れます。会計士や弁護士の資格を持っていれば、それだけで立派なアイデンティティとなるでしょう。ただし、本来はセンスの問題であることを、スキルの問題にすり替えてしまうと、悲惨な結果を招くので要注意です。

異性にモテたいと思って、雑誌を読むとしましょう。「こうするとモテますよ!」というスキルめいたものが山ほど紹介されています。そこにあるファッションやデート方法を全部そのまま取り入れたら、さてどうなるでしょうか。きっと、ますますモテなくなりますよね。

経営の場合も同じです。本を読んで、スキルを身につけて、それで良い戦略が浮かぶのなら、誰も苦労しないのですが、実際にはそうはいきません。本当に必要な要素の大半は、スキルではなく、センスなのです。

センスは「育てる」のではなく「育つ」もの

まずは、スキルとセンスとをきちんと区別しましょう。アナリシス(分析)とシンセシス(統合)の区別と言い換えることができます。 スキルとは、アナリシス的発想の産物です。

組織内で分業が進み、個別の分野ごとに担当者を置くとき、それぞれの業務を行う上で必要となるのがスキルで、ファイナンスのスキル、会計のスキル、法務のスキル、プレゼンテーションやネゴシエーション、ロジカル・シンキングのスキルなどなど、挙げればきりがありません。つまり、担当者レベルで要求されるのがスキルです。

これに対し、経営の本質は統合です。したがって、どんなにスキルを鍛えても優れた経営者にはなれません。せいぜいスーパー担当者になるだけです。ここを勘違いしたまま突き進めば、挙げ句の果てには経営者ではなく「代表取締役担当者」になってしまうでしょう。それでは、まともな戦略が出てこないのも当然です。

スキル修得の手段であれば、教科書や教育機関、あるいは研修プログラムなど、手っ取り早い方法が存在するはずです。しかしセンスには、「これを実行すれば必ずセンスを身につけられる」というような普遍的・標準的手法はありません。さらに言えば、センスは外部からのはたらきかけによって「育てる」ものでもないのです。当事者がセンスある人に「育つ」しか、道はありません。

センスのある人を見極めよ

救いは、組織全員がセンスあふれる人材である必要はまったくないということです。商売を丸ごと動かしていくには、例えば100人中2 〜 3人ほど、本当にセンスのある人がいれば十分です。そういう人たちに経営や戦略づくりを任せましょう。

そうすれば、センスが育つ好循環が自然と生まれます。

なぜなら、毎日の仕事でセンスがある人の一挙手一投足に触れていれば、周りの人にも、センスがあるとはどういうことかという輪郭が見えてくるからです。その結果、一人ひとりが自分の潜在的なセンスに気づくことができます。

逆に、センスがある人の見極めがついていないと、その組織は迷走してしまいます。いつまでたっても、センスがあるとはどういうことだか分からないので、社員は目先のスキル獲得に走ります。そうなるとセンスはますます埋没して、悪循環に陥るのです。 ちなみに、センスを活かせる分野は他にもあります。自分が優れたセンスを持つ領域を見つけ、そこに力を入れてみてはどうでしょう。

センスは「好き嫌い」で磨かれる

センスは「好き嫌い」で磨かれる 優れた経営者には「好き嫌い」がはっきりしている人が多いようです。優れた会社ほど、実は好き嫌いのレベルで議論が飛び交っています。これは好き嫌いというものが、経営センスや直感の鋭さと密接な関係にあるからなのでしょう。

高度経済成長期に、ホンダやソニーといったグローバルブランドが育った背景にも、会社にとって重要な判断ほど、最終的には好き嫌いで決めていたという事実があります。

物事を「良し悪し」だけで判断するのではなく、ときには「こっちのほうが面白そうだからやってみよう」「そういうことは嫌いだからやりたくない」という理由で決めることがあってもいいのです。お互いの好き嫌いをオープンにして、それを許容する文化があれば、きっとセンスある経営人材が育ちます。

「好きこそものの上手なれ」 このことわざは、好き嫌いの大切さを裏づける強力な論理です。好きなことでないと努力を投入できないし、なかなか長続きしません。長期的な頑張りがなければ能力もつかないし、能力がなければ人の役にも立てないでしょう。

好きだからこそ、努力を続けて能力を高め、顧客に対して価値を生み出したり、競争に勝ったりできるのです。好き嫌いの問題は一見仕事と距離があるように見えますが、実際は常に経営の根幹に横たわっています。

優れたリーダーの条件

奥座敷に引っ込んでいないで、現場に出る。自ら行動・実践する。詳しく状況を観察し、体験する。これらは古今東西の優れたリーダーに共通する条件です。 優れた経営者は、現場で起きている事柄や、そこにある物を自分の眼で確かめます。自分の手で触れて知ろうとします。社員や株主へのメッセージは自分で書きます。

彼らは自分の事業に対してオーナーシップがあるからこそ、無意識にこうした振る舞いができるのに違いありません。これは、その人がオーナー経営者(会社の所有権を持っている)かどうかという話ではなく、「自分がこの事業をしているのだ」というメンタリティー、つまり気構えがどのくらいあるかという点にかかっています。

商売が自分事であれば、自分の眼で観て、自分の手で触り、自分の頭で考え、自分の言葉でコミュニケーションするものです。自らの戦略構想を自分の言葉で直接語りかけることを繰り返しながら、より一層センスを磨いていくのです。

参考文献:「経営センスの論理」( 楠木 建 著 / 新潮社 )

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