前向きな努力は幸せを生む

「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」― アランの「幸福論」の一節です。幸せになるための大きなヒントがこの言葉に含まれています。

動物園で飼育されている動物は、十分な食べ物と安全な住み家を与えられています。一方、野生動物は生命を維持するため、獲物や食料を必死に探す必要があります。外敵から襲われることもあり、常に危険と隣り合わせの生活です。にもかかわらず、野生動物のほうが長生きします。

カラオケで下手な歌を聞くのは退屈しますが、マイクを握っているのが自分なら、たとえ下手でも楽しいものです。だから、幸せになりたければ「舞台に上がる」 ― つまり、人生の主役になって前向きに努力することが何より大切です。

もちろん、苦しいこともあるでしょう。けれども人は、苦しみを乗りこえた時にこそ、幸福を感じます。棚ぼた式の幸せはありえません。幸せになりたいと思ったら、そのために努力しなければなりません。

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二人の修道女

セシリア・オペインという女性は1932年、ミルウォーキーにあるノートルダム教育修道女会の修練院での見習い期間を終え、残りの人生を幼い子どもたちの教育にささげることを誓って修道女となりました。

彼女はその心境を、次のように記しています。 計りしれない愛を神からさずけられ、私の生活が始まりました。ノートルダムで勉学に励んだこの一年間、私はとても幸せでした。そして今、私は聖母マリア様から神聖なる修道衣をさずかり、慈愛に満ちた神に生涯をささげることを心からうれしく思っています。

同年、同じくミルウォーキーで修道女になったマルグリート・ドネリーという女性は、女5人と男2人の7人兄弟の1番目として生まれ育った人物でした。彼女が記したのは次のような文章でした。

私は最初の見習い期間は化学を教えながら修道女会修練院本部で過ごし、2年目はノートルダム大学でラテン語を教えました。神の御加護のもと、宗教の伝道と私自身を神にささげるために、努力してまいります。

長生きには秘訣がある?

幸福と長寿との関連を研究するため、この2人を含む180人のシスターを対象に前例なき調査が行われました。

修道女たちは世間から隔離され、毎日決まった生活を送っています。味気ない食事をとり、お酒も飲まず、タバコも吸わず、異性との接触が原因の病気にかかることもありません。経済上も社会上も同じ階級に属し、利用する医療機関も同じです。

このように、生活環境はほぼ等しいにもかかわらず、先に挙げた2人の修道女の寿命や健康状態には大きな違いが見られました。

前者のセシリアは、98歳になっても病気一つしない健康体でしたが、後者のマルグリートは59歳のとき、脳卒中で倒れ、その後まもなく亡くなったのです。実は、二人の運命を分けたのは「ポジティブな感情」でした。

ポジティブな感情は幸せを招く

ポジティブな感情は幸せを招く 180人のシスターたちが見習い時代に書いた略歴を注意深く読んでいくと、そこには重大な事実が隠れていました。それは、「幸福な修道女」=「長生きをする修道女」だということです。

セシリアの文章では「とても幸せ」や「心からうれしい」というポジティブな言葉が使われていますが、マルグリートはこうした言葉をまったく使っていません。

修道女たちのポジティブな感情量を調査したところ、最も快活なグループでは、90%の人が85歳になっても生存していました。それに対し、最も快活でないグループでは、34%の人しか生存していませんでした。

不幸の表現度、将来への期待度、信心深さ、内容の知的レベルや複雑さといった要因も検証されましたが、いずれも寿命との関係性は見られませんでした。寿命の違いをもたらしたのは、略歴にあらわされているポジティブな感情量の違いだけだったのです。

ポジティブ心理学を日常に活かす

ポジティブな感情を持続させる効果的な方法は何でしょうか。人々がその答えを心理学に求めるのは当然です。

けれど実際には、心理学は人間のポジティブな側面を軽視してきました。そこで、心の病を和らげる精神病理学の知識に、人々が備えもつ強みと美徳、そしてポジティブな感情についての知識をプラスして、今までの心理学のアンバランスを修正していく必要があります。

心理学の世界では、「自分は〜が得意(不得意)だ」、「自分にはすばらしい能力がある(ない)」といった自分に対する評価や自信度を「自己概念=セルフコンセプト」と呼んでいます。

そして、この「セルフコンセプト」がポジティブなものか、あるいはネガティブなものかが、人生の成功・不成功に大きく影響することが、さまざまな調査研究を通して明らかになっています。

振る舞いが自分を規定する

振る舞いが自分を規定する たとえば、英オックスフォード大学の教育心理学者ハーバート・マーシュ教授は、高校生たちの成績と、その後の進級・進学状況を数年にわたって追跡調査しました。

その結果、希望の大学にギリギリの成績で入学した学生は、「ここでは自分は優秀ではない」と自信を喪失したり、自尊心を見失ったりしてしまう傾向があり、学業水準も上がりにくいことがわかりました。

反対に、希望の大学に入学できず、偏差値レベルがワンランク低い大学に入学した学生は、「ここでは、自分は優秀なほうだ」という優越感を持つと同時に、自信や自尊心が高まり、学業水準も順調に上がっていくことがわかりました。

入学時点での学業水準はほぼ同レベルでも、「自分は優秀でない」と自信を失うか、それとも「自分は優秀だ」という自信、つまりポジティブな「セルフコンセプト」を持つかどうかで、その後の学業に大きな差が出るのです。

これは、教育界ではとても有名な理論で、マーシュ博士は「小さな池の大きな魚」効果と呼んでいます。レベルの高い大学にギリギリで進んだ者は「大きな池の小さな魚」で、ワンランク下に進んだ者は「小さな池の大きな魚」というわけです。

ここで注目したいのは、「セルフコンセプト」は非常にゆらぎやすいものであり、基本的には何の根拠もない思い込みに過ぎないということです。人生は思い込み次第で、どうにでも変わるのです。

それならば、せっかくですから「自分はできるやつだ」「自分ならやれる」という「根拠のない万能感」を持ってしまいましょう。たったそれだけで、人生がよい方向へと動き出します。

3つの「よいこと」を書き出す

自分の「強み」を日々の生活に活かすことと同様、幸福度を高め、さらにその幸福度が長期間続く方法が、もうひとつあります。それは就寝前などにその日あった「よいこと」を3つ書き出すというものです。

なんとなく気恥ずかしいとか、そんなことで何が変わるんだ、と思う人もいるかもしれません。しかし、この単純な方法が非常に効果的であることが、10年以上にわたる実験的な研究によって科学的に実証されているのです。

楽しかったこと、うれしかったこと、面白かったこと、仕事でうまくいったこと、大笑いしたこと。「3つのよいこと」を書き出そうとすると、脳は1日の出来事を振り返って「よいこと」だけを探し始めます。

これを毎日続けていくと、脳内の神経ネットワークに変化が生まれます。つまり、毎日「3つのよいこと」を探すことで、ポジティブな神経ネットワークが形成・強化され、何事もポジティブに考えやすい脳が作られていくというわけです。

実際に、「3つのよいこと」を1週間書き続けたグループでは、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月後の追跡調査でも、それをしなかったグループより幸福度が高く、落ち込む回数も少ないという結果が出ました。そればかりか、「よいこと」を探すのがとても上手になり、時間をかけて考え込まなくてもすぐに「よいこと」を見つけられるようになりました。

脳にポジティブな神経回路を

私たちは、ポジティブなパターンが無意識に生じるように脳を訓練することで脳のはたらきを制御できるのです。生活の中で、ポジティブな面を探してより強く意識する練習をすれば、ついネガティブな要素を見つけ出そうとする脳の性向を抑えることができます。私たちは、自分で自分をより良いバランスに、自然に持っていくことができるのです。

参考文献:「世界でひとつだけの幸せ 」(マーティン・セリグマン 著 / アスペクト)
「ごきげんな人は10年長生きできる 」(坪田一男 著 / 文藝春秋)

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