ほんのすこしの勇気と心掛けが・・

茶道から生まれたことわざに「一期一会」があります。あなたと出会っているこの時間は、二度と巡って来ない一度きりのもの。だから、この一瞬を大切に、今出来る最高のおもてなしをしましょう、という意味で、千利休の茶道の筆頭の心得です。

戦国時代、武士たちは戦に明け暮れていました。明日死ぬかもしれないという状況の中で、茶道と「一期一会」の精神は受け入れられてきたのです。現代日本に生きる私たちは、それほど切迫した場面に身を置くことは滅多にありませんが、だからこそ、この言葉を心に留めて、平和な日常の有難みを忘れずにいたいものです。

これから何度も出会う相手だったとしても、二度と会えないかもしれないという気持ちで臨めば、自ずと振る舞いも変わってきます。お客様との商談でも、お客様が抱えている問題の解決に、最善を尽くそうとするでしょう。相手の想像を超える発想や創意工夫を提供できれば、感動が生まれます。

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小さな舞台で輝くカリスマ販売員

小さな舞台で輝くカリスマ販売員 東京と山形・新庄を結ぶ山形新幹線「つばさ」で、客室乗務員として活躍している齋藤 泉さんという女性がいます。新幹線の乗客に、お弁当や飲み物などを売り歩くのが仕事です。

彼女はパート契約の立場にも関わらず、独自の工夫と細やかな配慮でお客さまのハートをつかんで売上げを伸ばし、若くして「カリスマ新幹線アテンダント」と呼ばれるまでになりました。

新幹線「つばさ」は、福島駅から新庄方面にかけて、在来線と同じ線路を走るので、他の新幹線と比べて小さめの車体です。そのため通路も狭く、車内販売に使うワゴンも細身になっています。

片道3時間半の販売で、平均売り上げが7万円程度といわれるところ、彼女は26万5000円という記録を達成しました。

一瞬の出会いを大切に

一瞬の出会いを大切に 私たちは、ともすれば「毎日、同じことの繰り返し」「今日も昨日と変わらないだろう」という思いを抱きがちです。コツや要領をつかんでいるため、表面的には仕事は回っていきますが、マンネリ化に陥ってしまいます。

けれども本当は、一日たりとも同じ日はありません。天気も違えば、出会う人も違います。ましてや心の状態なんて、天気以上に刻々と変化するものです。齋藤さんは、お客さまに接する「一瞬」を最大限に活かせるよう、以下の5つのルールを丁寧に実行しています。

ルール1: 予測を立てる

販売を開始してから、何ができるか考えていたのでは遅いと、彼女は言います。玄関を出て仕事へ向かいながら、「今日は空気がムシムシしているなあ」「今朝は昨日よりも肌寒く感じる」など、五感を使って「今日」という日を感じます。

「今日はマフラーをしている人がいる」「雨は降ってないけど、傘を持っている人が多いな」「こんな服装の人がいた」「最近はこんな色が流行っているんだな」「天気予報より、ちょっと蒸し暑く感じるのではないだろうか」

通勤途中だけでも、たくさんの貴重な情報を得ることができます。そうすると、お客さまに対応するときの一言も変わってくるのです。思ったより寒く感じた朝に、温かいコーヒーの注文が入れば「ありがとうございます」だけではなく、「今朝は特に寒かったですね」と、心を込めてつけ加えます。

ルール2: 考えて準備する

ルール2: 考えて準備する そうして感じ取った「今日のにおい」から、「何を欲しいという気持ちが働くのだろう」「どういうふうにしてもらいたいと思われるのだろう」「どんなものに興味を持ってくださるだろうか」と、その日に出会うお客さまの様子に考えを巡らせながら、ワゴンの準備をします。

気温や天候によって商品の数を調整したり、見せ方を工夫してPOPをつけたりと、ちょっとした手間を惜しみません。商品をただ積み込むだけなら、30分もかからないところ、彼女は1時間近くかけて準備しています。

ルール3: 確認する

正しい予測ができていても、綿密な準備ができていても、実際の対応を誤れば努力はすべて水の泡です。車内を往復しながら、服装や荷物、表情、様子など、あらゆる面からお客さま一人ひとりを観察していきます。

よく見ると、ヒントはいろいろなところにあります。主力商品がお弁当だからといって、すでに食事中のお客さまの横を「お弁当はいかがでしょうか〜」と唱えながら歩いたのでは、お客さまは「お茶でも欲しかったけど、ま、いいか」と思うことでしょう。「何かお飲み物はいかがですか?」そう声をかけたなら、「じゃ、もらおうか」と言っていただけるかもしれません。

ルール4: 修正する

実際に車内をひと回りすると、自分の予測とは違っていることもよくあるそうです。また、時間の経過につれて天気が変わることもあります。天候の変化はお客さまの気持ちも変化させます。そんなときは、状況に合わせて商品の並べ方を変えていきます。「食事時になったけれど、今日は案外、乗車前にお弁当を購入されているお客さまが多いな」という日もあるのです。

午前中の乗務でよく売れるのはコーヒーですが、ひと段落するとピタッと売れ行きが止まってしまうことがあります。そこで方針転換して、アイスクリームの単品販売に切りかえてみたりします。

アイスクリームは面白い商品で、単品で回ったほうがよく売れるのだそうです。単品販売は、お客さまにとって「買うか、買わないか」のシンプルな選択肢になるからです。そして意外にも、アイスクリームが午前中にたくさん売れたりするそうです。

「何が売れるんだろう」「どうすれば、お客さまに喜んでいただけるのだろう」これは、正解のない問いかけです。机の上で考えたことが現場で通用するとは限りません。それでも、毎日問いかけること。そうしないと毎日同じになってしまいます。

列車販売の仕事は、生き物です。お客さまのニーズは刻々と変化しています。それに合わせて自分も変化し、工夫や行動を続けてきたことが、彼女の成功の秘訣なのでしょう。

ルール5: 反省する

「あ〜、今日はダメだったなあ…」「今日は○○がよく売れたなあ」そうやって振り返るのは、誰でもすることです。そこで終わらせるのではなく、もう一歩踏み込んで考えてみます。

うまくいかなかった日なら「なぜ、できなかったのだろう」「どうすればうまくいったのだろう」と考えます。

すると「あそこでこういう準備をしておけば、あれを取りにいかなくてもよかったはずだ」「あの方は最前列に座っていたからあのときもう一度予約を取りにいけば良かったのかもしれない」など、教訓を得ることができます。

教訓となる出来事が・・・

齋藤さんは、片道約400名の乗客に、187個のお弁当を売ったという大記録を持っています。でも188人目のお客さまが、数がひとつ足りなくて、お弁当を購入できませんでした。彼女は、どうしてあと1個多く仕入れておかなかったのだろうと申し訳ない気持ちでいっぱいで、それを思うと、この記録を手放しで喜べないのだそうです。

たくさん売れることよりも、一人ひとりのお客さまが心から満足してくださることのほうが、ずっと大切で、うれしいこと。20年近くこの仕事を続けてきた彼女の、偽りない想いです。

お客さまの立場で考え、してもらいたいことを想定して実行する。目標を一段高く設定して、創意工夫を凝らす。高いレベルを意識し、それを達成する姿をイメージしながら、お客さまの真の要望や、これからの変化を読んでいます。今この「一瞬」に順応する努力を惜しみなく行なっているのです。

ほんのすこしの勇気と心掛けがお客さんへの感動となり、「あなたから買ってよかった」という想いにさせています。

参考文献:『あなたから買えてよかった!』(齋藤 泉 著/徳間書店)

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