■ 「やり抜く」ヒントは脳にあり
「アクティブ・ノンアクション」という言葉があります。忙しく過ごしているにもかかわらず、本当に必要で意義があり、真の充足感をもたらしてくれることについては、まったく達成できていない状態を指します。行動しているように見えて(アクティブ)、実は何の行動もしていない(ノンアクション)のです。
コヴィー博士の「7つの習慣」では、時間管理において「緊急ではないが重要なこと」を重視し、優先して取り組みます。それは、健康維持、勉強と自己啓発、準備や計画、コミュニケーション力の養成など、創造性が問われる分野です。
それらの課題に取り組むとき、いろいろな誘惑や、重要でない緊急事項に時間をとられたりするでしょう。そうした障害を排除して、課題をやり抜くには、それによって得られる大きな報酬をイメージすることや、実際に報酬を用意することが有効です。
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「やり抜く」ヒントは脳にあり 「単純作業なのに、どうもやる気が起こらない」「仕事上必要だから、英語学習をしているけれど、なぜか身が入らない」「重要なプレゼンの前夜は、決まって萎縮してしまう」 誰にでも、似たような経験があることでしょう。
こういう困った状態を脱するには、一体どうすればよいのでしょうか。 そのヒントは、私たちの「脳」にあります。
脳の「モード」を切り替える
物事をやり抜く集中力や持続力を司っているのは、脳の中の「前頭葉」という部分です。「外側前頭皮質」が「集中せよ」と命令を与え、「眼窩前頭皮質」が状況に応じて脳全体の活動を調整しています。ただ、脳はひとつのシステムとして動いているので、局所的に働きかけても意味がありません。
そこで有益なのが「モード」という考え方です。モードとは「ある課題を遂行するために、脳のシステム全体が一致団結してスクラムを組んでいる状態」で、物事に集中するのも、そんな「モード」のひとつなのです。
雑念が起こり、気が散って仕方がないようなときには、多くの神経細胞が活性化していて、いわば、脳が「お祭り状態」になっています。そのため、目の前の(仕事や勉強に)無関係・不必要な情報を遮断できません。
一方、集中力や持続力が高まっているときはどうでしょう。ある部分は火山の如く活発化しているように感じますが、他の部分の活動は鎮静化しています。要は、神経細胞の活性化の度合いにも、メリハリが大切なのです。個別の感情にとらわれた「熱い頭」を「冷たい頭」に切り替えれば、きっと新たな意欲や集中力がもたらされるでしょう。
脳を「育む」
以上は、脳のはたらきを意識して変える解決法でした。これから述べるのは、無意識の状態で脳を育み、やる気や集中力を高める方法です。 私たちは、複雑な脳のはたらきを自分でコントロールすることはできません。これを、読書を例に説明しましょう。
どの本を読むかは、自分で意識的に選択できますね。それでは、本を一読したあとに、自分がどのような感想をもつか、あるいは、一年後に振り返ったとき、どんな内容を覚えているかについては、どうでしょう。
自分の意思で操作することは、難しいですね。脳の中で起こる現象のほとんどは、直接コントロールできないのです。ちょうど、畑に植えた作物の苗や森の木々の成長を、完全にコントロールできないのと同じように。
私たちにできるのは、よい刺激を脳に入れること。あとは、脳がそれらを整理編集して、何らかの成果を生み出すのを、辛抱強く待つだけです。「脳を育む」とは、脳というある種の「自然」が最大の力を発揮してくれるよう、私たちの無意識に働きかけることなのです。
特効薬は「成功体験」という快楽
では、実際どのように、脳に働きかければよいのかお伝えしましょう。 答えは簡単で、「粘り強く取り組むことがよい結果につながり、他人からも称賛されるような成功体験」を、できるだけ多く持つようにします。逆にいえば、すぐ気が散って何事も中途半端に終わる人は、そういう体験が不足しています。
どうして成功体験が必要なのか。それは、脳が快楽主義者だから。脳が快楽を感じない、楽しくないことは長続きしないのです。
脳は、そういった意味では、とても単純な臓器です。脳内報酬を表現する神経伝達物質を「ドーパミン」と呼びます。
脳は、ドーパミンをより得られる方向に進化してきました。ある物事に取り組んで、それが成功するとドーパミンが分泌されます。そして、成し遂げた行為そのものが教訓として記憶されます。これが、脳の「学習」の仕組みです。机に向かって、本を開くだけが学習ではありません。脳は常に学習し続けています。
「報酬」が人を成長させる
それなら、その仕組みを応用して、人工的に快楽をつくり出せばよいのです。何かに粘り強く取り組んだあと、ドーパミンが分泌されるように工夫すれば、学習効果は絶大です。きっと、集中力や持続力の強化につながるでしょう。
ポイントは、報酬を得てはじめて、ひとつの学習が終わることです。問題解決や困難克服と、その後の報酬はワンセットです。
用意する報酬として、「仕事の後のビール一杯」などでも悪くはないのですが、本当は、仕事に関連したもののほうが望ましいです。脳は、ある行為と報酬の間にどんな関連があるかを認識したうえで、記憶を整理して蓄積していくからです。
仕事であれば、上司や同僚からの称賛や昇進、昇給などが報酬として最適です。なお、長い時間が経過すると、脳の記憶は薄れてしまいます。そのため、報酬はあまり時間が経たないうちに得ることが大切です。部下や子供を褒めるなら、間髪入れず、すぐに褒めることをおすすめします。
成功体験を強化するには、過去を思い起こすイメージトレーニングも有効です。些細な体験でいいので、集中力の発揮が成功につながり、嬉しかった出来事を思い出してみてください。隠れた記憶を掘り起こして、そのときの喜びを再び味わうことは、脳の学習効果を深めてくれます。
「アハ!体験」で発想を一新
もしも仕事に身が入らず、集中が長続きしないのなら、それは目の前の仕事に新鮮味がなく、脳が飽き飽きしているからかもしれません。そんなときには、やみくもに頑張ろうとせず、仕事を新しい発想で見直してみましょう。
面白いことに、抑制や緊張を解けば、新しい発想は自然と生まれてくるもの。いいアイディアやひらめきは、散歩をしているときやお風呂に入っているときなど、ボーッとした状態から突然、浮かんだりしますよね。
人間の脳の創造性は「アハ!体験」に支えられています。「アハ」(aha)は英語の間投詞で、「あぁ、なるほど」「わかった!」といった意味。「あっ、そうか!」とひらめいたり、何かに気づいたりするとき、つまりアハ!体験の瞬間、脳の神経細胞は一斉に活性化しているのです。
より充実した人生へ
新たな発想や発見は、脳にとって大きな報酬です。だからこそ、金銭的に大きな対価がなくても、科学者という仕事を選ぶ人がいるのでしょう。日々発見がある人は、一見退屈そうに見える仕事からも、「そうだったのか」という報酬を獲得することができます。それが、最後までやり抜く原動力になります。
そうした成功体験によって、脳が感じるのが快楽です。享楽にふけることとはベクトルの異なる「快楽」です。仕事でも遊びでも、24時間どんなときにも、脳の快楽を追っていく人生が理想ではないでしょうか。
かけがえのない、限りある人生を有意義に過ごせるかどうか。懸命に生き抜くことができるかどうか。すべては、脳の「快楽」にかかっています。「快楽」を得る達人になれば、課題解決などに夢中になって、寝食を忘れるほど没頭することだってあるでしょう。仕事においても、プライベートにおいても、そんな時間をどれだけ持てるかで、人生の充実度が全く変わってきます。
参考文献: 『プレジデント やり抜く力』( 2005. 12. 19号 )