■プロセス管理を徹底する
長期に継続して増収・増益を達成している企業は、経営の原則どおりに経営戦略や事業計画を策定し、愚直に実行し続けています。まず、大きなビジョンを掲げたら、そこから経営戦略に落とし込みます。
さらに、その戦略を各部署に具体的に展開していきます。 「このようにありたい」と思い描いているだけでは、目標は実現しません。達成するための手段や段取りについて、「誰が・いつまでに・何を」などの5W1Hを明らかにすることが必要です。そうすれば、実現可能性やリスクも予見でき、具体的にマネジメントを行うことができます。
経営トップの考えを計画書にまとめ、全社員に伝える努力も欠かせません。目指している方向、抱えている課題、達成すべき目標などを、ひとりひとりに的確に伝えていくことで、会社の先行きが見えて、社内全員のベクトルが一致し、組織力が高まるのです。
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2003年10月、ユニ・チャームは「SAPS経営」と呼ばれる経営管理手法を導入しました。「Schedule」「Action」「Performance」「Schedule」の頭文字から名付けられたもので、いわゆる目標管理ですが、週単位で管理するのが特徴です。
全従業員は毎週、「その週の戦略と行動計画を立てる」→「実行する」→「効果を測り、反省点・改善点を抽出する」→「翌週の計画を立てる」という「S」「A」「P」「S」のプロセスを実施します。
まず、その週に行う業務を明確にしたら、それらに優先順位をつけ、30分単位でSAPS行動計画表に記入。その計画に沿って、ひたすら実行します。週の終わりには、計画通りに実行できたかどうかを確認。 できなかった業務は、理由を記入します。そして、翌週の計画につなげるのです。
SAPS 3つのツール
SAPS経営では、「OGISM(A)表」「1Pローリング表」「SAPS週報」の3つのツールを使います。OGISM(A)とはそれぞれ、「Objective(目的)」「Goal(目標)」「Issue(課題)」「Strategy(戦略)」「Measure (指標・測定)」「Action(行動)」の頭文字で、市場の分析から達成すべき目的を明確にし、目標を決め、それを達成するための課題を分析、戦略を考え、進捗状況を表す測定値を定めて、具体的な活動に落とし込む、という一連の作業を管理するツールがOGISM(A)表です。
1Pローリング表の「1P」は「ファースト・プライオリティ」の略で、最優先事項行動表と言い換えることができます。OGISM(A)表に記述した半期の目標や重点課題を月次、そして週次に落とし込んでいくためのツールです。この表で、課題の進捗状況を毎週確認し、前週の反省項目とその週の実行計画を記入します。SAPS週報は、一週間のスケジュール表です。
ユニ・チャームでは、毎週月曜日の朝8時から9時まで、SAPS経営会議が実施されます。社長から前週の経営トピックが語られた後は、部門長3〜4名による1Pローリング表とSAPS週報の報告・発表です。発表者は当日無作為に決まるため、全員が心積もりをしておく必要があります。
取り組んでいる課題についての議論では、アドバイスがあったり、同じ課題に関する他部門の動きが紹介されたりします。このようなやりとりを通して、経営陣が全社の経営課題を共有するのです。
同様に、部門SAPS会議や、グループ毎の小集団SAPS会議も実施されます。たとえば、営業の小集団SAPSで、ある営業マンが「ある企業のバイヤーに売り込みに行けなかった」という反省事項を発表したとしましょう。理由は「電話でアポイントが取れない」「直接訪問しても不在のことが多い」というものです。
そうすると、前任者や上司から「あのバイヤーは昼食をXXで食べていることが多いよ」「5時以降は比較的会社にいることが多いよ」といったアドバイスを得ることができます。
SAPSの効果 週単位で動く組織
SAPS経営は、単なる目標管理以上のものを組織にもたらしました。なかでも顕著だったのは、従業員の行動スピード、ひいては全体の戦略実行スピードが速くなったことです。従来、新商品の開発には1〜2年かかるのが一般的でしたが、2006年に販売を開始した「ムーニーマン汗スッキリ」の開発期間はアイデアが生まれてから、わずか半年でした。
背景にあったのは、コミュニケーションの効率化です。ユニ・チャームではそれまでも、製品開発に多くのスタッフが同期的に参加することを通じて、相互のコミュニケーション促進を図ってきました。SAPSの導入により、その他の業務報告や情報伝達も月次から週次に変更され、従業員の意識も週単位に変わったのです。
発注や生産管理なら、日単位もしくは時間単位にして、業務スピードを速めている企業も多いのですが、開発や営業となると、優先順位の高い業務でも先延ばしになりがちです。
一方、SAPSでは優先順位の高いものから実行していくので、たとえ気の重い業務でも、先送りができません。ユニ・チャーム自身も、自社の強みは「実行力」「やりきる能力」だと明確に認識しています。
SAPS 4つの波及効果
ビジネスを成功させるには多くの道があります。価格と利便性を追求して顧客を惹きつけようとする企業は多いです。商品やサービスはあくまでも物に過ぎないという考え方です。
だが、このように、必要とされる商品やサービスを迅速かつ便利に安く提供することに重きが置かれている状況では、技術が優先され人との交流は最小限に省かれてしまいがちです。
そこに、人とのふれあいを重視した顧客経験価値(どう売るか)を提供する会社が参入する余地があります。 卓越した商品やサービスの提供を追求する企業は、必需品は手間をかけず、考えることもなく売買するという小売業界に慣れてしまった顧客から大きく注目されるのです。 組織のスピードアップ以外にも、SAPSの効果は様々なかたちで表れました。まず、従業員が自分の業務を、しっかりプロセスに細分化して考えるようになりました。ある従業員は、次のように話しています。
「SAPSを実施するまでは、できなかった業務があっても『できませんでした』とは言いづらくて、つい『来週がんばります』と言ってしまうのが常でした。そして、いつまでたっても、がんばるだけになってしまっていました。今は、できなかった理由を書くので、その原因の解決に向けて、物事が進むようになりました。」
SAPSは結果による管理ではなく、プロセスの管理です。できなかったという結果よりも、なぜできなかったのかに注目するのがポイントです。 次に、情報伝達の促進です。「上司と話す機会が増えて、意思疎通がしやすくなった」という声もあり、上下間の情報伝達に役立っています。
マネジャーが部下の職務時間の管理をするのにも有効です。残業が続く部下がいれば、その部下のSAPS行動計画表を見て、優先度の低い業務を次週に回したり、他の人に協力させたりと、調整することができます。また、開発部門では、街に出てトレンドを感じる時間も必要です。SAPSによって、そのような時間を部下に取らせる配慮も可能になりました。
それから、マーケティング・リテラシーの浸透にも効果がありました。毎週マーケティング戦略を念頭に置いて、自分の活動を決めるので、マーケティング戦略についての理解が深まるのです。マーケティング部門以外の従業員も、OGISM(A)表を作成する際に3C分析などを行うので、マーケティングに関する分析フレームワークも吸収することになります。
また、SAPS会議では、市場環境や競合の動きなどが議題の中心になるので、マーケティングに関する情報が飛び交っています。最近のSAPS会議では、営業部門から鋭い質問がいくつも出されるようになってきました。「営業部門からマーケティング部門に異動させても、すぐに働ける人が多い」と、人事担当者は言います。
最後に、そうして営業部門の従業員にもマーケティングの知識がつくことによって、さらに大きな副産物を得ました。取引をしている流通業者のマーケティング戦略をよく理解できるようになり、その結果、取引先への提案内容が高度化したのです。
SAPS経営モデル 成長へのカギ
ユニ・チャームでは、「成長する人」と「そうでない人」の差は、成長を促す良い「行動習慣」と「思考習慣」が身についているか、いないかの小さな差から生まれると考えています。そして、この「行動習慣」も「思考習慣」も、どちらも後天的に身につけられると確信しています。
そのため、そこで働く人たちの能力について、云々言いません。その個人の能力を引き出せなかった経営側に責任があるのだと考えるからです。そこで、これらの習慣を身につけるための仕組みを、「SAPS経営モデル」というフレームにまとめて運用しています。
参考文献: 「マーケティング優良企業の条件」(嶋口充輝・他3名 共著/日本経済新聞出版社)