旭山動物園の顧客創造

人間の本来の姿は主体的なものであり、主体性を発揮することは何事においても重要なポイントです。自分の身に起こることに対してどういう態度をとり、どんな行動をするか自ら決定し、問題解決に向け率先して行動します。

周囲から動かされるのではなく、自分が周囲に影響を与えます。問題が起こっても、状況や環境のせいにはしません。つまり主体性の発揮とは、自分の人生に責任を持つことなのです。

組織においても、主体性は非常に大切な要素です。ひとりひとりの特性を見極め、主体的に仕事に取り組むようにしていけば、その人本来の能力が発揮され、有意義な結果につながるでしょう。

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旭山動物園の差別化戦略

パンダのようなスター動物もいない北国の小さな動物園に、どうして年間300万人もの人が訪れるようになったのか。その秘密は「行動展示」にあります。

動物の魅力は、飛ぶ、泳ぐ、捕食するといった瞬間。そこで旭山動物園は、そんな動物本来のダイナミックな動きを、そのまま来園者に見てもらうことにしました。その結果、今までの動物園では、動物は昼寝ばかりしていてつまらない、派手なショーもなんとなく人工的 … そんな不満を抱えていた人々を感動させることができたのです。

経営とは「価値創造」です。価値を生み出すことによって、顧客から対価をいただき、持続的な成長や社会への貢献が可能になります。ありふれた価値に顧客は見向きもしませんから、企業が存続するためには「差別化された価値」を生み出す必要があります。差別化こそが経営の目的だと言っても良いでしょう。

言い方を変えると、経営とは「際立つ」ことです。他にはない独自の何かを生み出すことで、企業は際立つ存在となるのです。旭山動物園は、行動展示という独自の手法で際立ち、差別化に成功しました。

かつては旭山動物園も、今ほど明確に差別化を意識していたわけではありませんでした。独自の信念はありましたが、価値創造に結びついていなかったため、来園者にとっては中途半端な地方の一動物園にすぎなかったのです。

そのような状況から脱却するきっかけになったのが、エキノコックス事件でした。寄生虫が原因で動物が死んでしまい、廃園の危機に直面したのです。園の再生にあたり、園長は「他と同じものを作ってもしょうがない。」と考えました。 差別化という意識が明確になった瞬間です。

それまでの旭山動物園は、札幌市の円山動物園の縮小版。それでは、顧客のハートを掴むことはできません。実は、行動展示という発想自体は以前からありました。それが、「ミニチュアでは勝てない。他の動物園にはないものを創ろう。」という決心を機に、独自の戦略・大きな競争力へと変身を遂げたのです。

小さな工夫の積み重ねが差別化につながる

では、行動展示というイノベーションは一体どこから生まれたのでしょうか。
ある飼育員が鳥のことを調べているうちに、「研究者が鳥にえさをあげようと果物を置いておいたら、野生のアカハナグマに先に食べられてしまった。ロープに吊るすなどして工夫したが、ことごとくアカハナグマに取られた。」というエピソードを知りました。これがアカハナグマのすごさだと感じた飼育員は、この特性を園でも活かそうと思いつきました。

さっそく運動場に1本の針金を渡し、ロープを結んでバナナを吊るしました。アカハナグマには届かない高さでしたが、バナナの匂いをかぎつけたアカハナグマは壁をよじ登り、針金を渡ってロープを手繰り寄せ、見事バナナを手に入れました。このアカハナグマは動物園育ちでしたが、野生のものと同じように木登りや枝渡りの能力を発揮したのです。飼育員がこうした習性や特徴をガイドしたところ、来園者はこれまでになく真剣に聞き入っていました。

旭山動物園の場合、一日にして革新が起きたわけではありません。ひとつひとつ小さな創意工夫を積み上げて、振り返ってみたら行動展示という大きなイノベーションにつながっていたのです。

差別化の源泉は「信念」にある

行動展示の原型は、ワンポイントガイドにあります。旭山動物園の信念は「動物のすごさ・美しさ・尊さを伝える」というもので、その信念に基づき、飼育員が担当している動物の説明をしていました。彼らは差別化を意識してガイドをしていたわけではありません。自分たちの信念を大切に、愚直に日々の仕事に向き合っていく中でワンポイントガイドが生まれ、結果として差別化に成功したのです。

差別化とは、信念で裏打ちされた自分たちの存在理由、つまり「自社らしさ」にこだわり続けること。信念から出発した差別化は骨太で、そう簡単に競争力が失われません。競合他社が追随してきても、自分たちはさらに先を行き、進化することができます。小手先だけで実現しようとしても、表面的な一過性のもので終わってしまうでしょう。しっかりした信念があるからこそ、力強い差別化が実現できます。旭山動物園でも、ゆるぎない根っこのおかげで展示法として確立され、アイデアも尽きないのです。

差別化の主役は現場

旭山動物園では、サルにえさを与える際にも工夫をこらしています。木箱の中にえさを入れ、箱を転がすとえさが一粒ずつ出てくる仕掛けを作ったり、地面に敷かれているウッドチップの中にえさを隠したり、さらには氷柱の中に果物を入れて溶けるまで食べられないようにしたり、様々な方法をとっています。

わざと食べにくくするのは、動物たちにとって快適でないと思われるかもしれません。しかし、この工夫が「環境エンリッチメント」につながります。動物はそれぞれ、生息地に適応した体の特徴や生態、社会を持っています。本来の生息地環境に少しでも近づけることは、動物を飼育するうえで意義のあることなのです。

重要なのは、こうした給餌方法を考え、実行しているのは現場の飼育員だということです。彼らは人の意見を聞いたり文献を参考にすることはあっても、上司からやり方を押し付けられることはありません。自分たちでアイデアを出し、試し、結果を分析して学習しながら、より効果的なものに練り上げていきます。

旭山動物園の起死回生の秘密、それは現場からのボトムアップによって差別化が生み出されたことでした。現場のひとりひとりが「動物のすごさ・美しさ・尊さをありのままに伝えたい」という強い想いを共有し、主体的に試行錯誤を積み重ねた結果、使命感や参加意識を持って、意欲的に課題に取り組むようになったのです。

ドラッカーは、顧客の創造こそが企業が上げるべき成果、すなわち企業の目的であり、顧客の創造にはマーケティング(売れる仕組みづくり)とイノベーション(社会的な変革)が必要だと説きました。旭山動物園は、ワンポイントガイドで動物のファンづくり(マーケティング)と行動展示(イノベーション)を企画し、それを実践することで、顧客の創造を成し遂げたのです。

参考文献:『未来のスケッチ』(遠藤 功 / あさ出版)

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