平凡の積み重ねが非凡になる

経営の問題はまず小さなところから現れます。その変化を見逃さないこと、そして、早く手を打つことが大切です。また、徹底した小さなこだわりを続けることで、お客様に伝わり、その価値がどんどん大きくなり付加価値なり、企業経営に多大な影響を与えます。

小さなこだわりとは、毎日愚直に本気で仕事に取り組むことでしか生まれません。誰でもできる当り前なことを、誰よりも真剣にやるしかないのです。 毎日、細部にこだわり、それを実践し続けると、ある瞬間に爆発的に広まっていきます。

些細なことや目の前のことに、必死になることで、将来に相当な影響を与える可能性があります。経営力は本質追求の継続力なりと言われています。

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会社を創業して最初の10年間、鍵山秀三郎(イエローハットの創業者)は一人だけでトイレなどを掃除していた。10年を過ぎる頃から、1人2人と手伝ってくれる社員が現れてくるようになった。20年になる頃には、ほとんどの社員が掃除を手伝ってくれるようになり、自分たちで会社と近隣の道路を掃除する社風が定着してきた。 20年を過ぎる頃には、仕事に直接関係のない方々が掃除研修に来社されるようになった。その頃から必要に迫られて、掃除研修のリーダー育成も始めた。

30年を過ぎる頃から日本全国に「掃除に学ぶ会」ができ、地域の学校や公園を掃除するようになった。並行して、外国にも飛び火し、ブラジルをはじめ中国でも開催された。 40年を過ぎた現在、治安対策の一環として地域社会の掃除までするようになった。 主に、駅前の道路と公衆トイレの掃除を行なっている。地域をきれいにすることによって、少しずつだが確実にその成果が現れた。鍵山が掃除を始めるようになった動機は2つある。

1つは、両親からの影響が大きな要因だ。もう1つは、「人の心の荒み」を何としてでも減らしたいという猛烈な願いからだった。時代はちょうど日本経済が高度成長期にさしかかった頃。会社はどこも人手不足で、産声を上げたばかりの当社に入社を希望するような人はいなかった。

珍しく入社希望者が現れたかと思うと、履歴書に書ききれないくらい多くの会社を転職したような経歴の人ばかり。それでも、選考するという贅沢が許されなかった当社は、面接即採用というのが実態だった。ところが、採用はしたものの、いろいろな会社を渡り歩いてきた人の心は荒みきっていた。

そのうえ、入社後、零細会社の社員として営業に行っても、お店にまともな応対はしてもらえなかった。そうなると、社員の心はますます荒んだ。その結果、営業から戻ってきた社員は、外での憂さを晴らすために社内で八つ当たりした。帰社するなり、鞄を机の上に投げ出したり、椅子を足で蹴るような状況だった。

そういう光景を見るにつけ、なんとかこの人たちの心を癒したい、穏やかにしたい、そして、穏やかな性格の社員だけでも、きちんと売上と利益が上げられる…そんな会社にしたいと心に強く誓った。 鍵山は言葉で説得し、文章で伝える能力を持ち合わせていなかった。

そこで、掃除を始めるようにした。出社してくる社員が汚れやゴミを目にしなくてもいいように、職場環境をきれいにしておきたかった。きれいにしておけば、社員の心の荒みもなくなるはずだと考えた。 きれいに掃除しておくことが唯一、私が社員にしてあげられる感謝の気持ちではないかと信じていた。当時の自動車用品業界は、暴走族相手の商売がほとんどだった。

店は暴走族の溜まり場となり、普通のドライバーには近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 ましてや、女性が気軽に買い物に行けるような場所ではなかった。お店のなかは雑然とし、床は汚れ放題。トイレは入っただけで気持ち悪くなるくらい異臭が漂い、男女共用が普通。雪が降ると、チェーンの価格を平気で10倍に値上げするお店もたくさんあった。

掃除の習慣が大きな変化をもたらす

掃除を始めて20年くらい過ぎた頃、社内に定着した「掃除をする社風」が仕入先やお客様からも評価されるようになった。そしてその頃から、社外の、しかも仕事に直接関係のない方々がトイレ掃除の方法を教えてほしいと訪ねてこられるようになった。 希望者のほとんどが、会社の経営者とその社員の方々だった。

熱心な人は、遠方よりわざわざ飛行機を使って、泊まりがけで来社する人もいた。当時トイレ研修を始めていた時刻は、早朝6時30分。私たち迎える側は、事前にトイレ掃除用の沸騰したお湯と道具を準備してお待ちしていた。

そのため、当社の担当社員が出社するのは6時前だった。研修は、簡単な自己紹介と説明の後、社内のトイレで掃除の実習だ。毎日掃除している社内のトイレだから、ほとんど汚れてはいなかった。それでも、約40分間は掃除に時間を要した。 内容は、私どもが毎日行なっているトイレ掃除をそのまま体験していただくという研修だった。

掃除が終わったら会議室に集まって、社員手製の温かいお味噌汁と、コンビニで買ってきたおにぎりやバナナを朝食代わりに食べて頂いた。ちょうどお腹が空いているときだから、たいへん喜んでもらった。 食事をしながら、会社の説明と掃除に対する取り組み状況をお話した。

すると、ほとんどの参加者が、トイレ掃除に対する認識を新たにした。人によっては、たいへんなカルチャーショックを受けてお帰りになる人もいた。 この研修は人づてにたいへん評判となり、予約してもなかなか順番が回ってこないというような時期もあった。必要に迫られて、当社でも掃除のリーダー役を務められる社員を育て、今では100名以上になった。 振り返ってみると、このときの体験がその後急速に広まった「掃除に学ぶ会」の原型になったと思う。 おかげさまで当社も、外部からの研修生を迎え入れることによって、掃除の質がそれまで以上に向上した。

清掃がお客様への信頼につながる

掃除は普通、共同作業で行なう。共同作業には連帯感と協調性を高める効果があった。 自分たちの職場を共同作業できれいにすることによって、自然に連帯感と協調性が育まれた。穏やかな環境は、心の荒みをなくし、怒りを抑える効果がある。たとえ会社の経営が厳しい状況にあったとしても、社員の表情が明るく生き生きとしている。

人によっては、見違えるほどよい人相になる。当然、家族や周囲の人に対して優しく気遣うようになる。掃除には、ただ単に周囲がきれいになるという効果だけではなく、人間を根底から変える力があるようだ。 特に逆境のときは、身の周りをきれいにしておくと救われるような気持ちになる。鍵山や社員が心を込めた掃除から、会社に大きな信用力、信頼されるものがつき、また人間として寛大な気持ちを持った抱擁力などが備わった。

そのことから、取引先のお客様に対して、事前に見積書を書くことをしないでも、注文がもらえるようになった。また、見積書なしで商品を納入し、そのままの代金を振込み頂いている。 掃除を通じて、お客様との関係に肯定、安心、安全という絶大な信頼関係ができた。

立派な経営はサイエンスとアートを融合している。匠のように日々の平凡な掃除を徹底的に追い求め、他社、海外までにも啓蒙しことは、サイエンスとアートを融合した領域に入っている。 ドラッカーは「学ぶことのできない資質、習得することができず、もともと持っていなければならない資質がある。他から得ることができず、どうしても自ら身につけていなければならない資質がある。それは才能ではなく真摯さである。」と述べている。

参考文献:『掃除道』(鍵山秀三郎 / PHP)

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