■ブルーオーシャン(未開拓市場)を切り開く
ブルー・オーシャン戦略(競争のない未開拓市場)のもとでは、魅力のある産業、魅力のない産業というような区別はほとんどありません。なぜなら、企業の誠実な努力によって産業の魅力の度合いは変えることができるからです。 「価値と低コストはトレード・オフの関係にある」というものを打ち破ることでマーケットの構造が変わるのであれば、ルールにも同じことが言えます。
そして、旧来の土俵での競争は意味のないものになっていきます。 従来の固定概念を捨て、視野を広げて挑戦していくことによって、新しい需要が築かれます。 このような戦略は企業をゼロ・サムゲームではなく、大きな利益の可能性へと導いていきます。
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景気は中国関連で穏やかな回復に向かっているが、個人消費は回復していない。そのため、流通の現場では激しい価格競争が繰り広げられている。 一方で、菓子メーカー大手の江崎グリコが、10年越しで、既存の流通網に頼らない独自の販売経路構築に成功しつつある。
オフィスで「置き菓子」を直販する「オフィスグリコ」である。 同社の専用ボックスなどを設置した職場に、サービススタッフが直接訪問して商品補充や代金の回収を行う。 菓子の値段はすべて100円だ。食べたい人がいつでも手軽に購入できる。いわば菓子の無人販売である。これが2002年に首都圏で本格的にスタートして以降、不況の中でも着実に売り上げを伸ばしてきた。
「置き薬」は、江戸時代から続く日本古来のビジネスモデルである。江崎グリコが2002年から展開する「置き菓子」サービスの「オフィスグリコ」もこの延長線上にある。ただし、薬とは違い、菓子の単価はたった100円。賞味期限も短い。 グリコは、この条件で利益を出す困難に挑んでいる。
初年度の1200万円から2009年度は約40億円。2010年7月段階で、東京、横浜、大阪など合わせて11万2千台のボックスが利用され、順調に売り上げを伸ばしている。 だが、このビジネス、立ち上げはたった4人でのスタートだった。少子高齢化が進むなか、製菓業界にとって新しい市場の開拓は至上命題である。
12年前、インターネット通販やドラッグストアといった新しい販売チャネルが注目され始めていた。 新チャネルプロジェクトは、こうした売り場でどのように菓子を売るかを検討課題に据えていた。 当時、江崎グリコで新チャネルプロジェクトに携わっていた相川昌也氏は、「ポッキー」などの定番商品を小袋に詰めて売る「ピックパックシリーズ」を発案したヒットメーカー。プロジェクトは一応の成果を出しはしたが、いまひとつ満足し切れなかった。
メーカーはどうしても、モノをどう売るかという発想をしてしまう。この発想自体が失敗のもとになるとの想いであった。 そこで、相川氏は、消費者の「1日の生活行動」を調査した。「菓子を家庭で食べる人が70%、オフィスで19%、アウトドア・その他が11%」。 しかも、オフィスでは菓子を食べたくても外まで買いに行く時間がない、また菓子の需要はあるのに供給がないこともわかった。一方で、働く男女はオフィスでリフレッシュメントが必要であると考えていた。
オフィスを市場として開拓
この2割を攻めたいと考えた。 このデータを基に、98年1月に、ヤクルト方式の菓子の巡回販売をテストした。菓子を抱えてオフィスを巡回し、「いかがですか」と売り歩いた。しかし、菓子は会社員が息抜きしたくなる午後には売れるが、午前中には全く売れなかった。
上司の目の前で菓子を買うのをためらう雰囲気も感じ取った。 相川氏はわずか数日で方針転換を決めた。菓子は食べたい時が買いたい時、なければ我慢してしまう。ならば、いつでも食べられるようにしたらと思いを巡らした。 そして、40社に菓子を置いてもらい、1週間後に出かけてみるとほぼ完売だった。代金回収率もほぼ100%となった。「イケル」と確信した。
オフィスグリコの生命線は、菓子の品揃えだ。店舗販売なら来る客に合わせて商品をそろえるが、オフィスで働く人はみな同じだ。 だが、どこで何がいくつ売れたかという単品管理はしていない。企業の特色ごとに品揃えを変えることもしていない。 当初はガムが売れる会社にはガムを多めにと配置パターンを変えていたが、長い時間の中では販売動向に差が出ないことが分かった。
菓子は飽きられやすい商品である。単品情報の入力に時間を割いて、売れ筋、死に筋を把握しても採算が取れない。基本配置計画は1パターンにする。菓子ボックスの大中小の三つの引き出しに配置する商品計画を週ベースで作成する。
この計画こそが売り上げを大きく左右するため、ここで何度も話し合う。 大事なのは「毎回の配置がいかに利用客に新鮮に見えるか。」だ。 この組み合わせではあまり売れないという職場も出てくる。でも、要望に応えるだけではアイテムが偏り、いずれ売れなくなる。
顧客の想いを創造
「こんな商品もあるのか!」と思ってもらいつつ、その中から「今回はコレ!」と感じて食べていただく納得性が大事である。 だから、自社の弱いところを他社商品で補って飽きさせない工夫もする。
そのため、自社製品だけで囲い込む考え方も捨てた。事業開始の1年後には他社品の取り扱いを始めた。菓子の売上高の約7割はグリコ製品が占めるが、残りは他社品で、グリコ製品が手薄な分野を補う。 販売センターづくりも苦労の連続だった。 首都圏進出のため半年にーカ所、営業拠点となる販売センターをつくる計画を立てた。時代はITバブル、条件にかなう不動産を借りるどころか見つかりさえしなかった。
不動産だけではない。半年に1センターにはサービスという付加価値を理解するスタッフの育成までも含まれていた。 オフィスグリコは無人販売だが、週に1回、商品の入れ替えに職場を回るスタッフは直接顧客と接する。彼らは単なる販売員ではない。顧客の声をいかに反映しながら商品構成などにつなげていくのか。オフィスグリコの発展は彼らに負うところも大きい。
だから、今もロをすっぱくして「明るい笑顔と元気な挨拶」を指導する。実際活力のあるセンターは売り上げもいい。 順調だった売り上げも、やはりリーマン・ショックが直撃した。 昨年度の職場の移転・統合・閉鎖・倒産によるボックスの引き揚げは、約11万の拠点のうち1万4千ヵ所に及んだ。
それでも、鈍化したとはいえ売上は伸びた。減少傾向を取り戻すために、新規開拓にそれまで以上に力を入れた結果だった。 企業に「飛び込み営業」をかけ、箱の設置先を新規開拓するスタイルの確立に貢献したのは、現在、オフィスグリコ推進部近畿統括マネージャーを務める小寺貴也氏である。 小寺氏は、「当初、企業の総務部門などに面会を求めたが、オフィスに菓子を置くなんて駄目と断わられることが多かった」と話す。
現在では、複数のフロアがある企業の場合は、直接各部署を訪ねることにしている。各部署に行けば、オフィスグリコを気に入って設置を即決してくれるケースも多い。自動販売機などとは違い、オフィスグリコの箱は電気代がかからないため、総務部門などの了承がなくても問題になることは少ない。 ブルーオーシャンは大抵がその核となる事業内で作られている。
事実、ほとんどのブルーオーシャンは既存業界の競争の激しい既存市場の中から生まれている。これは新しい市場は遠くにある海原であるという考え方とは異なる。 ブルーオーシャンは業界を問わず、皆さんのすぐとなりにある。ブルーオーシャンはどんな企業に対しても利益的成長を与える。新しい企業、既存企業もどちらも同じ境遇にある。
参考文献:「アエラ2010/10/4号 オフィスグリコ 4人の覚悟が年商40億円」