■ ミッションを抱いて地元の農家を復活させる
さて、企業の存在理由(ミッション)は通常、経営理念の一部となっています。経営理念には、ミッションの他に、企業が信奉する価値観や社員の行動規範などが含まれていますが、基本のところはミッションです。
ミッションこそが人を動かすという発想に立って、企業がミッションの再発見を行い、それを社員一人ひとりに展開していければ、自発的に行動を起こすようになり、企業は活気を取り戻すことができます。
その際に重要なのは、経営者は信念を持ってミッション重視経営に向けてリーダーシップをとり、全社的な取り組みを通じて、社員一人ひとりが体感できるミッションを創りだすことです。
そのような組織では、社員が困難な課題に挑戦し、挑戦の過程で大きな壁にぶつかり、挫折しそうになっても、ミッションを心の糧にしていることで、解決する糸口を突きとめ、課題を成し遂げることは間違いないと思います。
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山形県庄内地方で栽培された農産物や日本海でとれた魚介類を料理に使用し、その食材を紹介することで農家を活性させることをミッションとして、イタリアンレストランを経営している奥田政行氏がいる。
奥田氏は地方レストランを起爆剤として、地元農業を再生させることに取組んでいる。埋もれていた地元食材を発掘し、新たな郷土料理を開発して、全国から客を呼び込むプロジェクトを日本中に広げていく。食材をブランド化することで生産者の収入を向上させ、その志を持つ料理人を全国で発掘し増やしている。
総人口約32万人の小さな地方から、日本全国はもとより、世界中に向けて「食」で人々を幸せに元気にしようという料理人だ。 食文化の発信から過疎の地域を発展させたいとの想いで、レストランを経営している様子がNHKのMISSIONの番組で取り上げられた。
この辺鄙(失礼ですが)な場所でなぜ、イタリアンレストランを経営しているのか。 きっかけとなったのは東京で働いていた時に、仕入れた良質の野菜の値段が高く、なぜかと尋ねると庄内産だからとのこと。 ところが、帰省した折に地元のスーパーに行くと地元産の野菜がない。良い食材が地元で食べられないのはおかしい。
そのような流通の形態では生産者も消費者も潤わないという思いがあった。それなら、「自分が庄内の食材を使って地域を活性化してみよう」と決意した。
奥田氏は「日本で一番四季がはっきりしているのが山形県、それも8月の日照時間が日本一の庄内なんですよ。」と言う。
東には月山・羽黒山・湯殿山の出羽三山がそびえ、秋田県との境には鳥海山が位置する。最上川の最下流域に当たり、庄内平野を抱える。冬には雪が多く、雪解け水を利用した稲作地帯として知られ、庄内米はブランド米ともなっている。また、地元特産の農産物が豊富であり、日本海から海の幸が水揚げされる。
そして、何より1日に使う食材が自分で車を運転して集められる距離にあるため、その日に使い切るだけの新鮮な食材を確保することができる。つまり庄内全体が巨大な冷蔵庫なのである。
奥田氏は「このような条件が揃った場所は、日本、いや、世界でも極めてまれ」との思いで農家の復活に走り回っている。 食材探しは農協などで購入せず、直接農家へ出向き、農家の人と野菜のでき具合を話ながら、とれたての野菜の味を確かめる。人参、ダイコンなどは土がついていても手ではらい、そのまま口に運んでいる。
このようにしているのは、野菜の持っているDNA本来の味と野菜が土地から吸収した水分、土の香りを探っているとのことらしい。 そして、農家の現場で試食したいろいろな食材の味を頭の中にたたきこみ、新しいメニューを考案する。
これは企業経営でクレームなどの問題が発生したとき、その現場で働いている人の意見を謙虚に聞き、その現場を素直に観察して、原因の解明から効率のいい方法、働きやすい環境などを見つけ出すのと同じである。
奥田氏が経営するレストランに入ると、先ず飛び込んでくるのが3枚の黒板に記入されたメニューである。 このメニューボードの中に、ここ庄内の幸がぎっしりと凝縮されている。 メニューは、毎朝その日の食材に合わせて書き換えられる。
また、地元の農家を少しでも活性化させるため、レストランの入り口付近の壁には、農家で作付けしている人と、とれた野菜などの写真を掲載して、農家の食材の販促に役立てている。 遠方から訪れたひとは「はじめてここに来たけど、もっと早く来てみたらよかった。庄内にこんなおいしいものがたくさんあったことを知らなくって悔しい~」とまで言わしめている。
このレストランを訪れた人の中には、あまりにも食事が美味しかったので、その料理をブログなどで紹介している者もいる。
行動力と創意工夫が農家を救う
地元の食材を使用して美味しい料理を紹介、農家の活性をはかることをミッションとすることでテレビの取材を受け、庄内はますます全国に知られようになった。
実例として、庄内でヤギを飼育していた牧場がジンギスカン料理の急激な冷え込みで、廃業に追い込めてられていた。奥田氏はその農家を訪れ、地元特産のだだちゃ豆などをヤギに与えていたことで、ヤギは特有の臭みがなくなり、肉はまろやかな味になることを知った。そこで、だだちゃ豆を食べて育った羊肉と新鮮なアスパラガスとの組み合わせで絶妙な料理を考案した。
今ではその料理は看板メニューになっている。その料理を奥田氏自ら東京のレストランなどへ売り込み、注文を取ってきた。そのお陰で注文が次第に増え、その牧場のヤギは、当初30頭だったのが、今では120頭までになった。ヤギ飼育家は奥田氏に感謝の念を込めて「信じられない」と言っている。
また、奥田氏は地元の農家だけの活性を考えているのではない。 奥田氏は、兵庫県豊岡市から寂れた三原谷地区の農家の復興の依頼を受けた。ただし、地元のレストラン経営者の参画を条件とした。奥田氏は、地元のシェフと農家を訪れて食材の味を確かめ、地元の食材にあったメニューを創作し、地域の人に試食してもらった。地方のレストランと農家の共生をはかることで日本の農家を再生させるという大きな志を抱いている。
このようにして、これまで奥田氏は全国20カ所に及ぶ地方の「食の指揮官」を引き受けてきた。 地元の有望なシェフたちに、奥田氏のノウハウを伝授する。
しかし「理想と現実は違う。地方ではラーメン屋ぐらいしか儲からない。」という声の中、志のある料理人を発掘し、育成していくことはきわめて難しい。さらには、距離と時間の壁が立ちはだかる。 奥田氏から直接ノウハウを学ぶ機会は限られている。
奥田氏の「弟子」となった彼らは、見よう見まねで、地元で生産者めぐりをして新たなメニュー作りを始める。ごく普通の地方レストランの料理人が、自分の店の経営を成立させながら、奥田氏の高い理想を受け継ごうとしている。
ドラッカーは、かつての通信販売会社シアーズのミッションについて、「農家のためにバイヤー役を務めることである。」と定義している。
このミッションでは、取るべき行動は農家が必要とする優れた製品を安く安全確実に提供することである。 我々も、仕事をする上でミッションを持ってお客様へ最善価値を提供していくためなら、時には同業者との共生も必要である。そうすることで自然とお客様との信頼関係ができ、顧客創造した成果が生まれることは間違いない。
参考文献: NHKの地球ドキュメント ミッションの番組で放映された「地方レストラン発」