困難な挑戦にはレジリエンスで

ビジネス上で困難な状況に出くわすことが多々あります。そのとき、落ち込んでもすぐに立ち直るには、心の持ち方が重要になります。その心の持ち方にレジリエンスという言葉があります。

レジリエンスとは「困難に打ち勝つ心の力」「挫折から回復・復元する弾力性」などと説明されています。 レジリエンスは、希望(楽観性)や忍耐力といった強みと深く関係しています。レジリエンスの高い人は、楽観的なものの見方ができ、あきらめない忍耐力を持っています。

また成功して一時は大喜びしても、すぐに冷静になることができ、弾力性のあるしなやかな強さを備えています。そして、人の意見には素直に耳を傾け、その考え方を受け入れることのできる柔軟性も併せ持っています。

◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆

人生の長い道程のなかで、我々はさまざまな出来事に遭遇する。しかし、リスク状況にあっても適応的な発達を遂げている者がおり、またその逆の者もいる。その個人差を説明し得る概念として、レジリエンス(resilience)がある。レジリエンスは、「ある程度の脅威や厳しい悪条件においても、それを乗り越えていくために機能する能力、上手く適応するプロセス、あるいは帰結」などと定義される。

レジリエンスとは一般に、「困難に打ち勝つ心の力」「挫折から回復・復元する弾力性」などと説明される。  英レディング大学のC・ヒレンブランド氏は、レジリエンスに関係する強みとして、(1)変化に対する順応性(柔軟性)、(2)希望(楽観性)、(3)忍耐力、(4)大局観、(5)社会的知能という五つの徳性に基づく強みを指摘している。面白いのは、「しなやかさ」という特徴が、こうした一連の強みの発現を可能にすることにも繋がる事実である。

 では、希望(楽観性)や忍耐力といった強みがレジリエンスと深く関係しているというのはどういった構造によるものなのだろうか。米スタンフォード大学のS・リューボミルスキー博士は、「楽観とは状態であると同時に、目標を達成する道である」と定義する。

人は特に困難に直面したり、窮地に立たされたりしたときに、深く悩み苦しむことになる。その過程で、耐え抜くことや努力を重ねることの大切さを学び取るのか、あるいは絶望感に打ちひしがれて目標に向かうことを完全にやめてしまうのか。大雑把に分けて二通りのタイプがある。

レジリエンスの高い人の内的資質の一つとして楽観的なものの見方があることが報告されており、また、そのような人は、物事が良い方向に進むこと、そして将来に対する望みがあり、彼ら自身が自分たちの人生の方向性をコントロールするものだと信じる傾向にある。 同じストレス状況に遭遇しても、その状況の受け止め方はそれぞれ異なるが、楽観性の高い人は、その状況に上手く対処していけるといえる。

つまり、ストレスを評価し、対処しようとする力があり、レジリエンスとの関連性があるものと推測される。とすれば、楽観性を備える人は諦めない道を選ぶことになる。またそこには忍耐力が、諦めないことに伴う条件として重要となる。

親身の諌言を受け入れる

徳川家康はレジリエンスを発揮した代表的な戦国武将である。最後まで諦めな かった家康は天下統一という大事業を成し遂げた。なぜ家康がその偉業を可能にしたのかは、三河武士団という強力なサポーターが存在したからだ。 困難な状況にもかかわらず、落ち込んでもすぐに立ち直り、また成功して一時は大喜びしてもすぐに冷静になれる、弾力性を持ったしなやかな強さである。

自分で感情をコントロールするのは難しいので、周囲に諌めてくれる人を置き、耳を傾けるのがよい。家康は、三河武士団に怒られながら、堪え忍んで最後には勝った。 三河武士団は、サポーターとは言うものの、家康がバカなことをやろうとすればきつく戒めたし、思い上がった言動を取れば本気で頭を叩いた。周囲の人々の親身の諌言を受け入れることで、家康の人間性は練り上げられていった。

桜の木は冬が本来の寒さが継続しない暖冬であれば、春にきれいな花を咲かすことはできない。家康が家臣の諌言に耳を傾け、耐え忍んで天下を制したことは、桜の木が寒い冬の期間を耐えたことで、きれいな花を咲かすことができる事と同じである。

このような見方に関連して、ペンシルベニア大学のA・ダックワース博士は「不屈の精神(根性)」に焦点を当てた興味深い調査研究を続けている。その研究では、誰もが持つ、一人ひとりに賦与された独自の能力(才能)が、物事を成し遂げる力となるためにはどのような過程を経ることが考えられるかが分析されている。

達成はスキルと努力の両輪の働き

「才能」が「スキル(技能)」として練成されるには「努力」という要因が必要不可欠であり、さらにはそのスキルと努力とがいわば共働したときに「達成」に至る。楽観とレジリエンスは、こうした構造全体の成立を可能とすることに不可分に結び付いていると考察される。

レジリエンスを修得可能なものにすることの根底にあるのは、一人ひとりが備える独自の強みに働きかける姿勢もさることながら、「自分の人生は変えることができる」とするコミットメント(責任を伴う約束)であると、ペンシルベニア大学のK・ライビッチとA・シャテーの両博士は指摘する。

失業率の上昇、有力金融機関の破綻など世界経済が低迷している今こそ、組織・職場に「しなやかさ(レジリエンス)」を生み、育てるのに最適なタイミングかもしれない」と語る一橋大学大学院のパトリシア・ロビンソン博士も、レジリエンスの習得におけるコミットメントの重要性を指摘している。 「諦めない」ということを心理学的に定義してみれば、感情の安定性が高い状態だと言える。人間の感情は常に揺れるものだ。高揚することもあれば、ドーンと落ち込むこともある。

しかし、感情の安定性が高いと、すぐノーマルなポジションに戻ることができる。反対に、感情の安定性が低いと、1回戦に負けただけで「俺はなんてダメなやつなんだ」と投げやりになってしまったり、1回戦に勝っただけで「俺は戦の天才かもしれない」などと慢心してしまうことになる。

感情が大きく揺れてもすぐ元に戻るためには、思考の柔軟性が必要だ。レジリエンスはいかにすれば獲得できるかと言えば、周囲の人々の言葉に耳を傾け、それを受け入れることで思考の柔軟性は獲得できる。

やはり大切なのは、優れたサポーターを持っているかどうかなのである。「貞観政要」という書を残した唐の名君・太宗は、わざわざ自分を諌めてくれる「諌臣」という役職まで創設して、家臣から諌めてもらっていた。

「貞観政要」は、太宗に対する苦言・諌言集であり、太宗は諌められ好き、すなわちレジリエンスの高い人物だったと言える。

NHKのプロフェッショナル番組に登場するプロの人たちは、斬新な試みに挑戦し、新しい時代を切り開こうと格闘し、数々の修羅場をくぐり、自分の仕事と生き方に確固とした「流儀」を持っている仕事人たちである。
彼らは、幾多の挫折を味わっても持ち前のレジリエンスを生かし、最後には試行錯誤を経て、困難な課題を成し遂げている。

このように、難問題には挫折してもなお希望(楽観性)や忍耐力で挑み、人の意見を素直に聞き、挑戦を続けることが重要なのである。

参考文献:プレジデント 2010.05.03号

 ◆ エッセーの目次へ戻る ◆ 
 ◆ トップページへ戻る ◆