■ 仕事を楽しくするしかけ

  東京・六本木の人気スポット「東京ミッドタウン」には、美しい公園がある。そこに一枚のプレートがある。そのプレートには、工事に関わった人々の名前が彫られている。実際の作業に携わった作業員の全員の名前が刻まれているのである。

彼らは、妻や子どもたちを連れてこの公園を訪れれば、誇りをもって自分の仕事を見せることができる。このように永遠に自分の名前が刻まれるとなれば、少しでもいい仕上がりを目指して、手抜きなく働くはずだ。 「頑張ればボーナスを十万円増やしてあげるよ」などと金銭で報いるよりも、はるかに有効な手段だと思う。

優秀な社員であろうと凡庸な社員にしろ、人間であることに変わりない。そうした彼らに単純な成果主義で報いようとすることは、彼らのパフォーマンスを低下させることはあっても向上させることはないのだ。 「頑張ろうという気持ちになれない」どこの企業においても、社員がこう感じる一番の理由は、給料に不満があるからではない。

会社に行っても楽しい部分がないから行きたくないのである。こうした状態に社員を置いて、成果を上げろと言っても無理な話だ。会社は楽しいところでなくてはならない。 行動科学マネジメントが人の「行動」に着目しているのは、行動の集積がビジネスの結果を生み出すからである。

「いま、やろうと思っていたのに。やる気は充分なのに・・」と言われても、実際に行動してくれなくては業績にはつながらない。だから業績につながるような行動をした人に報酬を与え、その行動を繰り返してもらえればいいと考えているのだ。
しかし、こう説明すると「それって成果主義じゃないの? やった人にだけ報酬を与えるんでしょう」というのである。
これはまったくの誤解だ。単純な成果主義は、結果しか見ずに結果だけで金銭的報酬を与えるものだが、行動科学マネジメントは、行動自体を評価しているのである。

ここには「社員は心を持った人間である」という基本的前提がある。 私たちは、いくつもの行動を起こすことができるし、その行動を繰り返すことも止めてしまうこともできる。それを決定づけるのは、人としていかに報いられているかという思いだろう。
行動科学マネジメントが、社員たちにいい行動を繰り返してもらうために大切に考えているのは、トータル・リワードに象徴される「報われ感」である。

トータル・リワードとは、総合的かつ社会的に報いることである。もちろん、賃金、賞与などお金も一つの「報われ感」の源である。このように、ごくわかりやすい「金銭的報酬」を除いた、お金以外の報酬、つまり「非金銭的報酬」について、具体的に次の6つの方法がある。

1)感謝と認知 
仕事の大切なパートナーとして認知し感謝すること。その人がいてくれて嬉しいという態度を具体的に示すことが重要である。給料を与えているのだからやって当然という態度をとったり、無視するようなことをしていないか。無視は罰を与えるよりも人を傷つける。

2)仕事と私生活の両立
人はなんのために働くのかといったら、一つは、暮らしを充実させたいからである。勤務形態などフレキシブルに対応して、私生活も大切に考えてあげることである。

3)企業文化や組織の体質
自由に意見やアイデアを述べられ、役職や立場を超えて認め合いねぎらい合える連帯感があるか。足を引っ張り合ったり、失敗は部下に押し付けたりというような陰険な組織に忠誠を尽くす人はいないだろうし、成果を上げようと積極的になる人も少ないはずだ。

4)成長機会の提供
社員の成長のために、セミナーや研修会に参加する費用や時聞を与えたり、社内でキャリアアップのための制度を設けるなどしていくことが求められる。これは、すでに導入している企業も多い。

5) 労働環境の整備
オフィスの立地や居心地は、社員にとって重要問題である。便利でおしゃれな場所にオフィスがあればそれに越したことはない。スペックの高いパソコン、使いやすい文房具をまとめておく。ただし、行動科学マネジメントの観点からは、他の5つより重要度はやや低い。

さて、アメリカの報酬に関する教育機関ワールド・アット・ワークが提唱しているトータル・リワードの「非金銭的報酬」の要素は大きく分けて以上5つなのだが、行動科学マネジメントを的確に行うには、さらにもう一つ重要な要素がある。

6)具体的行動の明確な指示
仕事とはあいまいに指示されるものであってはならない。結果を出すために何をどのようにすべきかをきちんと示してあげることが重要である。 正しい仕事の進め方を教えてあげること、そして結果につながるのかつながらないのかわからないムダな仕事をさせないことは、上司がメンバーに与えなければならない最も重要な報酬である。

何のためにやるのかわからない「作業」、明らかに意味がない仕事ほど自発的な行動を妨げるものはない。 これを見てもわかるとおり、社員は「お金以外の快適さ」「お金以外の報酬」も会社に求めている。こうした要素に無関心な企業は、社員の心をつなぎ止めておくことはできないし、社員から高いパフォーマンスを引き出すこともできない。
人は「自分を大事に考えてくれている人」のために、高い能力を発揮できるのである。
参考文献:組織が大きく変わる「最高の報酬」 著者 石田 淳 日本能率協会マネジメントセンター