■「傾聴」が信頼を深める

  最近、働く人のモチベーションを規定する要因として、「傾聴」と呼ばれる要素のウエートが高まってきた。 傾聴とは、耳を傾けて、熱心に人の話を聴くことであり、働く人は、自分の意見や要望が経営層きちんと届いていると感じるときに、モチベーションが高まるというのである。

実は、傾聴という考え方は、医療や心理療法の分野では、すでに注目されており、しっかりと自分のことを聞いてもらえる安心感や、人に話すことで自分の気持ちや考えが整理できることの効果が治癒に結びつくことが実証されている。また、昔から臨床心理士やカウンセラーなど、対人援助の仕事に従事する人たちの間では、傾聴は重要なスキルとして位置づけられてきた。

昔に比べて、組織全体や働く場面が、これまでのような同質性の高い人たちの集まりではなく、もっと多様な意識と価値観や生き方を背負った人たちの集まりになってしまったことがあるということである。 実際、表面的に見ても、女性の雇用が増え、高齢者の雇用も進展し、さらに最近ではすでに多くの職場で外国人が日本人に交じって働いている。

また、働き方も多様化し、いわゆる正規従業員を中核とし、その他の労働力が周辺的にサポート業務を担っている昔ながらの職場はだんだん少なくなってきた。 さらに、目で見てわかる多様化だけではなく、より深層にある価値観の多様化もいつの間にか進展し、あっと驚くような趣味や人生観をもっている人材も職場にはたくさんいるようになってきた。
また、「オンリーワン」という言葉に象徴されるような、個性の尊重を謳った教育を受けた若者たちが多く職場に入ってくる時代である。結果として、現実には私たちはいつの間にか、極めて多様な人材を組織のなかに抱え込むことになった。

こうした多様性の高い集団がもたらすひとつの帰結は、深層での考え方や意識、不満の多様化である。一人ひとりの目標や価値観が違い、同じ状況にいたとしてもどう感じるかが違うなかで、不満やモチベーショソのあり方も同様に多様化するのである。こうした違いは普段の行動からはなかなかわかりにくい。

こうした問題を解決してもらうために個別に自分の不満や意見を誰かに聞いてほしい、また他人とは違う自分の仕事ぶりを見ていてほしい、という欲求が強くなってきた結果と考えることはできないだろうか。「みんなが求みる昇進や昇給ではなく、私は○○が欲しくて働いているのです。それがないから不満なのです。それをわかってほしい・・・」とでもいうことか。一人ひとりが自分の意見や不満を聞いてもらわないと気がすまないのである。

そして、もうひとつの背景は、組織や職場の脱コミュニティ化にある。コミュニティとしての組織や職場とは、働く場を人と人のつながりだと考えることであり、そうした社会的ネットワークに組み込まれることで、働く人は仕事上の情報を獲得できるだけではなく、安心感も含めて多くのメリットを得てきた。

しかし、特に若手ど中堅だろの人が求めるのは、上司とのつながりだということなのだろう。自分の仕事ぶりをきちんと見ていてくれて、結果だけではなく、プロセスを丁寧に評価してくれる上司。そんな理想的な上司が前にまして求められている。

もちろん、こうした上司は、いつの時代でも求められていたのかもしれないが、職場での人間的なつながりが失われ、同時に成果をあげる能力の確保が求められるいま、下から見ると一番頼りにできるのは、仲間ではなく、人間的な上司ということなのであろう。

いま組織は、多様化と脱コミュニティ化が同時に進む場面となっているのである。もはや、日本型経営の同質性とそれを前提とした結束は大きく失われたてきている。
言い換えれば、ムラや家族といった比喩があてはまる世界ではなくなったのだ。

重要なのは、こうした変化が深く静かに進行する傍らで、多くの現場リーダーの仕事量が増え、プレーイングマネジャー化し、部下を成果管理するようになったことである。またもともとコミュニティのなかに入ることを前提としない派遣人材や契約人材やパートが、部下として増えたのである。
こうした現象は、働く人の個性を勘案して不満に対応し、孤立している人とつながるような行動をとることを阻害するはずだ。
したがって、重要なのは、こうした職場の変化を前提にして、いま、マネジメントやリーダーシップのあり方も変化すべきことを認識することである。

そこでのキーワードは、「心理学」である。心理学とは、個性に関する学問だといってもいい。多様化した一人ひとりの不満の聞き役となり、個別ニーズを捉え、また可能な限り個別のアドバイスをする。仕事においても、キャリアにおいても同様だ。 なかでも最初に必要なのは、相手の話を聞き、個別の違いを感じる力なのかもしれない。いわば、傾聴力とでも言おうか。

働く人の雇用形態が多様化し、キャリアのあり方も変化し、専門性を身につけ、外部労働市場での移動を繰り返す人材も増えてきた。さらに、働く人の意識も変化し、働くことが生活の中心にない人材や、能力開発に関して、企業に依存することを嫌う人材も増えてきた。ワークライフバランスなどという課題も登場してきている。

人を個性として見なくてはマネジメントできない状況が増えてきた。 こうした違いを考慮しないとどんなにいいアドバイスをしていても、上司それがいまのマネジメントの難しいところだ。自分の考えをしっかりもっているだけではだめなのだ。 好むと好まざるとにかかわらず、それを相手に合わせて、応用していく能力が必要になってきた。

参考文献 PRESIDENT 2008.6.30号