■ 本質をみつめる

  NHKプロフェッショナル 仕事の流儀の番組で、京都との県境にある福井県名田庄村(現:おおい町名田庄地区)の診療所に、ただ一人の中村伸一医師が赴任してきた。 中村氏は医師になって3年目のころ、誰しもが思うことだが、腕利きの外科医になることにあこがれていた。

中村氏は自治医科大で医療に恵まれないへき地等での医療のありかたについて学ぶ。しかし最初から地域医療を志していたわけではない。大学時代は難手術をこなす外科医にあこがれていた。 名田庄に赴任してからも数年は、その夢を引きずっていた。

あるとき、村人が長距離運転をした後、酒を飲み、肩が痛いと訴えてきた。前兆が非典型例だったため、見抜くのは簡単ではなかった。あとで判明したことだが、その患者はくも膜下出血であった。 それを見抜けなかった。近くの総合病院に救急搬送した後、家族の車に乗せられて村に帰る道すがら、中村医師はひたすらわびた。責任をとって医師を辞めようとさえ思った。
その時、村人から言われた言葉が「誰にでもあることだ、お互い様だよ」

この一言が、中村医師の道を決めた。

寄り添い、助け合って生きる暮らしがある村だからこそ、人々が持っている心の広さがあるんだと。中村医師はそれを実感すると同時に、自分は、地域の人に見守られ、育てられていることを痛感した。
以来、住民たちの命と健康を支え、時には逆に支えられながら、医師として成長してきた。 村の気候や風土、暮らしは熟知し、患者のほとんどは顔なじみで、家族やご近所の顔も頭に浮かぶ。
また、「癒される風景が宿る山村に恋をし、結婚した」といわしめた。
だからこそ、「人を診る」ことが出来るのであると。

中村医師は症状や痛みを抑えることがすべてという治療ではなく、患者一人一人がいきいきと過ごすためには、何を必要としているのか思いをめぐらしている。村人は膝痛に悩まされながらも、グランドゴルフをすることで生きがいを求めていることから、安静を言い渡すより、痛み止めを打ちながら、趣味を続けさせる方を選択させている。

そして、患者の嗜好、趣味、生活、人生そのものを知り、共感しているから出来る診断があるのだと。 中村氏は自らを「名田庄の専門医」だという。地域のこと、そして患者一人一人のバックグラウンドを頭に詰めこみ、患者の人生に寄り添い続けて17年が経過した。
今では、患者さんたちは何かあると「中村先生以外は、考えられません」と言われている。

話をかえて、たとえば、若い家族連れが家具売場でソファを見さだめているとき、営業担当は売り場に陳列しているソファについて、この商品はワングレード上の特殊なレザーでつくられているので、包み込むような極上の掛け心地でゆったりと寛ぐことができる。 また、背もたれを倒すとゆったりとした寝具にもなるなど、こんせつ丁寧にお客様に説明をすれば、買ってもらえると思っている。

それより、お客様はどのような住居にお住まいなっているか、その部屋の広さとか、部屋は何色になっているとか、ソファにはどのような気分のときによく使用するのかを聞くことである。 お客様が日々の生活している居住空間やその環境を理解するところから、それにあった適切なソファをご家族に提案するほうが、お客様に喜ばれ、購買のチャンスが広がる。

中村医師が単に患者の病を見るのではなく、日々生活している環境、家族背景などから患者を診るのと同じことある。

ITの導入でも、お客様の抱えている組織の問題を理解しないで、ただ便利で効率がいいとの判断で高価な機器やソフトを導入しても動かないシステムになることがよくある。

わかりやすい例として、アフリカのある地域で難病が蔓延し、その対応のため病院を建て高価な医療設備を導入しても、難病の解決にならない。 病院で患者の難病を治療する医師、入院した患者を癒し、励ます看護師、医療機器を扱える技術を修得した検査師などが連携した体制が必要であり、 また、そこで生活している住民の暮らしなどを理解して対応しないと解決できないのである。