上司が部下の営業成績表(先行管理表)に目を通し、気がかりな点があったので部下に声をかけた。
上司:「A君、2~3ヶ月後の予算達成はうまくいきそうか?」
A:「得意先のK社から、受注を予定していたのですが・・・。今期、K社は新製品を売り出す予定でした。ところが、製品の一部に問題が見つかり、設計し直すことになって、販売が6ヶ月先延ばしになってしまったんです。その結果、K社の売上は伸びず、私が提案していた案件も先送りになってしまって・・・。」
上司:「そうか。K社からの受注だけを追っていたために、K社の都合が悪くなると、予算が達成できなくなったんだね。確実に予算を達成するには、ひとつの案件に集中するのではなく、K社、J社、Y社・・・と、複数の案件を抱えておくことが大事なんだよ。いざというとき、他の得意先から受注できるようにね。」
A:「はい。でも、この不景気に、一体どのようにすれば数社の案件を抱えられるのか、わかりません。」
上司:「そうだな、たとえば、定期的にお客様を訪問するとき、役に立つ情報をお届けして、それをヒントに商談を行うといい。ただし、その情報はお客様にとって、心からありがとうと言える内容であること、それが肝心だ。何かの雑誌から切り抜いただけ、どこかのホームページを印刷しただけでは、誠意は伝わらないよ。まず、君自身がその情報をよく理解した上で、自分なりの意見も添えておくんだ。そういう努力をしていけば、今までとは違った対応や好意を期待できるだろう。」
A:「なるほど・・・よくわかりました。今まで、お客様を訪問したとき"いかがですか?"など簡単な挨拶だけで済ませていましたが、それではダメなんですね。大変そうですが、さっそくその方法でやってみます。」
上司:「うん。言うのは易しいが、実践するのは難しいということを頭に入れておくように。2、3回目までは誰でもできる。その後も継続できるかどうかが、成功と失敗の分かれ目だよ。コツコツと努力を重ねることで、お客様から信頼され、サポート役と認められて、大きく成長できるんだ。」
A:「継続することがカギか・・・。イチロー選手も、"成功は能力ではなく習慣によって導かれる"と言っていました。」
上司:「そう。役立つ情報を探し出し、それを理解して吸収し、さらにコメントをつけることを習慣化できれば、君にとって大きな財産になるはずだ。そして、何か問題があったときには、お客様から相談してもらえるようになる。」
A:「勉強になります。"よし、やってみよう"という気持ちが湧いてきました。」
上司:「せっかくだから、もう少しつっこんだ話もしておこうか。お客様から相談を受けたとき、問題を知るためには、問題が起きている現場を見せてもらい、生の意見を聞いてくるのがいちばんだ。そのときに心がけたいのが、現場の様子をよく観察すること、そして観察して気づいた"いいところ"を伝えること。そうすれば、現場の人たちから意見を引き出しやすくなる。観察と意見から、問題の本質が見えてくるんだよ。たとえば、良い医者は患者を診るとき、症状だけでなく家族構成や住まい、食事内容なども聞くことで、その患者にとって最適な治療方法を見つけるといわれている。」
A:「なるほど。つまり、営業という仕事は勉強すればするほど、お客様との繋がりを築けて、お客様のドクターになれるというわけですね。」
上司:「A君、いいことを言うね。その志を持って営業活動をすれば、きっとお客様から喜ばれ、やりがいのある仕事になるだろう。世間では、"営業は足で稼いでなんぼ"と言われ、きつい仕事だと思われているが、実は頭を使うことがとても重要なんだ。」
A:「そういえば・・・。先日、偶然M社のYさんにお会いしたときに、いい話はないかと聞かれたのですが、何も答えられませんでした。」
上司:「Yさんが意図する"いい話"とは、社員が勉強して成長することで、売上アップにつながり、会社が発展するようなことだね。」
A:「はい。M社は現在、競合に押され、新製品の評判もあまり芳しくなく、売上が落ち込んでいると聞いています。」
上司:「いいアドバイスをするには、休日にドラッカーの本などを読んで、経営の本質を理解するといい。きっと素晴らしいヒントになるよ。」
A:「ドラッカーの『現代の経営』なら読んでみました。企業の基本は顧客を創造することだと書かれていましたが、具体的な意味がよくわからなくて・・・。」
上司:「いいところに目をつけたね。ドラッカーが言わんとする基本原則だよ。顧客創造とは、顧客のニーズを満足させること。そのために、顧客のニーズを探り、顧客が満足する価値を提供する。また、顕在的なニーズに対応するだけでなく、今までとは違った価値を創造することで顧客を創り出すこと。そのためには、絶えずイノベーションに挑戦する必要がある。技術のみに特化した革新ではなく、もっと広い意味での革新を追求するんだ。」
A:「うーん、難しい概念ですね。潜在的なニーズを掴むことも、イノベーションも、そう簡単にできることではありませんね。」
上司:「そうだね。具体的には、DELLがいい例だよ。DELLの製品は当社でも使用しているね。」
A:「はい、この間もインターネットを通じて、新しいパソコンを1台購入しました。」
上司:「注文生産のおかげで、希望通りのスペックが叶えられ、満足感を得ただろう?DELLの成功のカギとなった、革新的なサービスとは、顧客ごとの要求スペックに合わせた製品を供給したことなんだ。つまり、顧客のニーズをうまく汲み取ったわけだね。もうひとつの特長は、中間業者を介さず、インターネットや電話による直販を行ったこと。その結果、大量生産並みの低価格を実現した。このふたつの工夫が、顧客満足につながったんだ。」
A:「ドラッカーの言う"顧客創造"ですね。それでは、売上アップのためには、具体的にどのような方法をとれば良いでしょうか?」
上司:「バランス・スコアカードを利用するといいだろう。」
A:「ゲームのような名称ですが、それはどのようなものですか?」
上司:「基本となるのは、その企業の"ビジョン"だ。近い将来こうありたいという目標だね。バランス・スコアカードでは、業務を4つの大きな要素に分けて、ビジョンの実現を目指していく。財務・顧客・業務プロセス・人材と変革という4つの視点だ。この各視点をさらに、戦略目標・重要成功要因・業績評価指標・ターゲット・アクション・プランという5つの項目に展開する。」
A:「4つの視点と5つの項目、ですか。」
上司:「よく、"企業は人なり"と言われるね。松下電器(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏は、『松下電器はどんな会社か?』と問われたら、『我が社は人を作っております。しかるのちに電気製品を製造しています。』と答えなさい、と部下に話していたそうだ。企業が成長して、その後から人がついて行くのではなく、人が成長した結果として企業が成長することをわかりやすく表現しているんだよ。」
A:「社員を育てることが、企業を育てることにつながるんですね。」
上司:「その通り。人は仕事をすることで、様々な経験をし、与えてもらい、成長する。さらに、その経験をもって、他の人をも成長させていく。このような機会が豊富な企業では、多くの人が成長でき、同時に企業も成長できるというわけだ。バランス・スコアカードでは、人材の成長がベースとなり、その結果、企業の業務プロセスが強化され、顧客サービスが充実し、収益も増加する、というように、4つの視点の相関関係に焦点を当てている。特に大切なのは、ビジョンを実現するための行動が適切に実践されているかどうか、数値で計測できるようにしておくことなんだ。」
A:「行動を数値に置き換えるのですか?うーん、一度聞いただけでは、充分に理解するのは難しいですね。けれども、その方法を忠実に実行すれば、企業は発展できるという予感がします。バランス・スコアカードについて、もっと知りたくなりました。」
上司:「そうだね。何事も修得するのは易しくないが、まずは『バランス・スコアカード構築』(吉川武男 著、生産性出版)を読んで勉強するといい。この本が理解できたら、話の続きをしよう。」