リーダーシップの基

明確な目的を獲得するために、ある組織の集団の気持ちを一致させ、正しい方向に行動を共にできれば、この組織は思わぬ大きな力を発揮する。そのためには、集団を導くリーダーは主体的に考え、意欲的に取り組み、行動する力があり、部下の手本となる。

また、十分に相手を理解し、尊重し、気持ちをくみ取り、多様な人たちと迅速に円滑な人間関係を構築することができる適応力を持ち備えてなければならない。そして、メンタル面が強く、精神的に安定し、困難な状況でも前向きに可能性を探り、課題や問題に対して落ち着いて対応できることです。

それができたときの効果の大きさを考えれば、組織のトップはこの資質を備える努力をする価値があります。

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なでしこジャパンのワールドカップ優勝から、早くも1カ月強が経った。帰国後の会見で、佐々木則夫監督は「耐えて、耐えて一戦ずつ成長した。」と振り返った。喜びもつかの間、日本女子代表は来年のロンドン五輪出場権をかけて、9月のアジア最終予選に臨む。おやじギャグで心つかむ佐々木監督はムードメーカーでもある。

試合前のミーティングでは必ず「笑い」を入れる。選手がどんなに引こうと、おやじギャグを恥ずかしげもなく連発。選手との距離は自然と近づけた。おおらかさと、人当たりの良さで選手が本音を出せる雰囲気を作る。「選手にも腰が低く、決して上から目線でやらない。」と関係者は評する。

今回のチームも、ベテラン澤 穂希と良好な関係を築き、気持ちよくプレーさせた。大会3連覇を狙ったドイツとの準々決勝の前だった。分析ビデオで1次リーグのドイツに善戦したナイジェリアの豊富な運動量を見て、「こんな体力は自分たちに無い。」と嘆くMF澤と阪口に、「お前たち、フィジカル、ナイ(無い)ジェリア?」2人はすかさず「ナイジェリア」と笑いでリラックスさせた。

ギャグたけではなく、ドイツ戦前には東日本大震災の被災地の映像も見せた。延長を含めた120分の戦いが予想された。震災と闘う人たちの姿を見て、気を引き締めてほしかった。準決勝のスウェーデン戦前には震災からの復興に尽力する人たちのビデオ。決勝前には日本女子代表30年の歴史をまとめた映像を見せて、一体感を生み出した。

男子は監督が代わるたびに「ジーコ」「岡田」「ザック」ジャパンなどと呼び方が変わる。女子は誰が監督になっても「なでしこジャパン」。この違い、命名の絶妙さもあるけれども、チームのありようと密接につながっている気がする。

監督交代と共にスタイルも変化する男子に対し、身体的なハンデイ、金銭面も含めたプレー環境など所与の条件が厳しい女子は、「こうしたい。」より「こうしなければ勝てない。」というリアリズムを獲得しやすい。男子があちこち寄り道している間に、普遍のスタイルを深く掘り下げてきた。

世界ランク1位米国との戦いはさすがに苦戦したが、大会を通じての日本の勝ちぶりはまさに「柔よく剛を制す」のサッカー版であった。縦に強い欧米勢の重心を微妙にずらしてパワーを減殺し、一人では止められない相手は複数で囲い込む。 手際よく奪った後のボールの動かし方も簡潔で子気味よく、逃げ水を追わせるように相手を消耗させた。

術中にはまった相手はイライラした後でヘトヘトになる心地だったろう。心身とも酷使する戦法を貫徹した選手は敬服に値する。2007年12月に就任し、ここまで精度の高いサッカーを完成させた佐々木監督の手腕も特筆ものだ。 日本の弱点であるロングボール、クロスを蹴らせないために横一列に並ぶフラットな4−4−2のゾーン守備を導入した。

その過程でトップ下の澤をボランチに転換した。何手先も読める澤が攻守両面に職域を広げることで、試合をコントロールする力が格段に増した。 決勝で相手となるアメリカ女子代表はFIFA女子サッカー世界ランキング1位で、イギリスの大手ブックメーカーでもアメリカ勝利のほうが大方の予想となっていた。 その戦いの過程では、もう、ここまでか…と見ていた者は誰しもそう思っただろう。

サッカー女子ワールドカップ決勝の延長戦、アメリカのエース、ワンバックは得意のヘディングシュートを日本ゴールに突き刺した。 がっくりと下を向く日本のDFたち。世界最強と称されるアメリカの猛攻に、耐えに耐えていた日本が見せたほんのわずかな隙だった。

90分の試合で終了9分前にやっと同点にし、延長戦に持ち込んだなでしこジャパンも、今度こそは息の根を止められたかに見えた。「よくやった。銀メダルで十分じゃないか。」という言葉が出そうになる。 まだあきらめるな! 失点の瞬間、澤は天を仰ぎ見たが、直ぐに手を叩き、チームメートを鼓舞し始めたのである。 「まだやれる、まだあきらめるな!」と澤の声が聞こえるようだった。

ピッチでは、それまで以上に、なでしこジャパンのイレブンたちが、互いに「あきらめるな!」と叫ぶようになった。 その強烈な思いが、延長戦の終了4分前に同点弾となった。 澤が宮間のコーナキックからのボールに飛び込み、居合抜きを思わせる美技の右足一発がゴールポストを揺るがした。

澤は日本代表のユニフォームを着て18年になる。その道のりは苦難の連続だった。男子に比べて、日陰者扱いの女子サッカー。サッカーだけで食べている選手は日本代表でも半数に満たない。澤自身も昨年12月に所属チームの経営難からプロ契約を解除され、一時は無職の身になっている。 あきらめない姿の裏側には、ただ世界一になりたというだけではなく、女子サッカーの未来を何としても切り開くという強い思いがある。

京セラ創業者の稲盛和夫は、「思い」の重要性を訴え続けている。何事かを成し遂げるには、強烈な思いとすさまじい願望が必要だと説く。それも潜在意識にまで沁み込ませるくらい猛烈にと。 澤には、この強烈な思いとすさまじい願望があったのだろう。そして、なでしこジャパンにも。 アメリカのワンバックは決勝戦を振り返って、こう語っている。 日本には『念願と希望』という強力な12人目のプレーヤーがいた。彼女たちは、絶対にあきらめなかった。

「私の背中を見なさい」というリーダーシップ

澤は時に、チームメートに対して、「苦しくなったら、私の背中を見なさい。」と語る。 格上相手に延長線での失点。緊張の糸が切れて、ズルズルと失点を重ねてもおかしくない状況に陥りながらも、日本選手は集中力を切らさずに走り続け、パスを回し続けた。

なでしこジャパンは、あきらめない澤の背中を追い続けていった。 そこには、チームメートの澤への絶大な信頼が感じられる。 実はこの信頼感こそが、リーダーシップの基なのだ。「苦しくなったら私の背中。」という言葉の背後には、澤が築き上げてきた仲問たちとの信頼関係が隠されている。 「7つの習慣」のスティーブン・コヴイーは、人間関係における「信頼残高」という考え方を示している。

「信頼残高」とは、ある人が他の人からどのくらいの信用を得ているかという尺度である。よく信用されていれば、その人の「信頼残高」は高い。逆ならば、「信頼残高」は低くなる。 コヴィーは、人と接する場合、まず「信頼残高」を高めなさいと指摘する。 「信頼残高」が高ければ、コミュニケーションもスムーズにいくし、共同作業による成果も大きくなるという具合だ。

チームメートの澤に対する「信頼残高」は、素晴らしく高いに違いない。「信頼残高」は一朝一夕にはできない。 それは、サッカーだけではなく、日々の触れ合いのなかでコツコツと積み上げられるものだからだ。しかし、いったん信頼残高が高まれば、私の背中だけで、リーダーシップは発揮できる。 信頼されたリーダーがあきらめなければ、仲間もあきらめないのだ。

参考文献:「プレジデント 2011.8.15号 」

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