ハインリッヒの法則

失敗はマイナスの結果をもたらすが、失敗から新技術や新たなアイデアを生み出し、社会を大きく発展させてきた。 これは個人の行動でも、失敗にどのような姿勢で臨むかによって、その人が得るものも異なり、成長の度合いも大きく変わってくる。

つまり、失敗とのつき合い方いかんで、その人は大きく飛躍するチャンスをつかむことができる。 また人が活動する上で失敗は避けられないとはいえ、それが致命的なものになってしまっては、せっかく失敗から得たものを生かすこともできない。 失敗の法則性を理解し、失敗の要因を知り、失敗が致命的なものになる前に、未然に防止する方法を覚えることで、小さな失敗経験を新たな成長へ導く力にすることができる。

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ハインリッヒの法則というのをご存じでしょうか。一件の重大災害の裏には、29件のかすり傷程度の軽災害があり、さらにその裏にはケガまではないものの300件のヒヤリとした体験が存在する。それがハインリッヒの法則と呼ばれるもので、潜在的な労働災害とそれが顕在化する確率をいわば経験則から導き出した考え方である。

企業のケースでたとえるなら、新聞で取り上げられる大きな失敗が一つあれば、その裏には必ず軽度のクレーム程度の失敗が29は存在し、さらには、クレーム発生には至らないまでも、社員が「まずい。」と認識した程度の潜在的失敗がその裏には必ず300件はある。

失敗は放っておくとより大きくなる

1対29対300の法則がそのまま失敗に当てはまるとした根拠は、「放っておくと失敗は成長する。」という、失敗がもともと持っているひとつの特性である。 新聞沙汰になるような事故やトラブルが、「ある日突然降って湧いたように現れた。」などということは、そもそもありえない。

過去を振り返ってもそのようなケースはなく、雪印乳業の集団食中毒やJCOの臨界事故もしかりで、最近多発する企業不祥事の原因を探ると、むしろ「今までよく事件、事故が起こらなかった。」という率直な思いにぶつかるはずだ。 そうだとすれば、仮に「まずい。」という体験があったときになんらかの防止策を打つことができれば、失敗の成長は止められるはずだ。

それをせずに放置しておくと、数は少ないにしても、より影響力の大きなクレーム程度の失敗が必ず芽を出す。 そこでも防止策が打てなければ、失敗はさらに大きな形で現れ、まわりに多大な被害を与える致命的失敗へ成長するというのが、まさに「失敗のハインリッヒの法則」の考え方である。 事故やトラブルなど世間を震憾させる大失敗には、背景に少なからずこれと同じ構図がある。

失敗の成長は、水をたたえるダムにたとえることができる。小さな失敗という水が、貯められていく過程で放水という防止策を打てば、決壊などの問題が生じる心配はまったくない。 これを行わずに徐々に水を貯め込んでいくと、最も弱い部分にやがて小決壊が始まる。それでもなお放水を行わずに放置しておくと、ある閾値に到達したときについには大決壊が始まり、破滅に向かって一気に突っ走る、取り返しのつかない大失敗に成長してしまう。

失敗は予測できる

大きな失敗が発生するときには、必ず予兆となる現象が現れる。ハインリッヒの法則に従えば、一つの大失敗の裏には現象として認識できる失敗が約30件はあり、その裏には「まずい。」と感じた程度の失敗とは呼べないものも含めて300件もの小失敗がある。 このときにしっかりとアンテナを張り巡らせば、必ず失敗の予兆を認識できるし、それに対して適切な対応をすれば、大きな失敗の発生を防ぐことも十分に可能だ。

理屈として考えれば、これほど簡単な失敗回避の対策はない。 しかし現実には、こうした失敗の予兆は放置されることがほとんどである。なぜなら失敗は「忌み嫌うもの。」であり、できれば「見たくない。」という意識が人々の中にあるからだ。人間は「見たくないものは見えない。」性質を持っている。

その挙げ句、失敗した人には必然的に起こった失敗の原因まで、未知や不可抗力という言葉でごまかそうとする傾向もあり、これでは大きな失敗があとからあとから出てくるのも当然である。 一つの失敗、一つの事故の真の原因をきちんと解明することは、同じ原因で起こる次の失敗の未然の防止にそのまま結びつく。

失敗情報は伝わりにくく、時間が経つと減衰する

昔から何度となく大規模な津波被害を受けてきた岩手県三陸海岸を歩いたときに実際に見聞した。これは失敗情報が減衰することを示している典型例である。 津波というのは、入り組んだ海岸線を持つリアス式海岸では、先に来た波が後ろから来る波に追いつかれて徐々に波高を上げていくという現象が起こりやすく、V字形湾ないしU字形湾の湾奥にある集落に大きな被害をもたらす。

三陸海岸は、津波被害を受けやすいリアス式海岸であるばかりか、沖には地震の巣である日本海溝があるため、世界一の津波常襲地帯として知られ、何度となく津波被害を受けてきた。 その三陸海岸の町々を注意しながら歩いてみると、あちらこちらに津波の石碑を見つけることができる。

大規模な津波が押し寄せるたびにつくられたもので、犠牲者も多かった古い時代の石碑は慰霊を目的にしていた。その中には、教訓的な意味合いが込められたものもあり、波がやってきた高さの場所に建てられ、「ここより下には家を建てるな。」という類の言葉が記された石碑も少なくない。 この石碑には「ここより下に家を建てるな。」と書いてあるのに、そのすぐ下に家が建っている。

日々の便利さの前にはどんな貴重な教訓も役立たないことを物語っている。 昔から伝わるそんな忠告を人々が忠実に守り、いまでも石碑より下には絶対に家を建てないなど徹底した津波対策をとっている地域ももちろんある。 かと思えば別の地域では、便利さゆえに先達たちが残した教訓を忘れて、人が次第に海岸縁に集まっているところもあった。

そんな地域も今では防潮堤が造られるなど対策がとられているが、教訓などまったく忘れたその昔、再び突然やってきた津波ですべてが押し流されてしまうということもあった。 その経験もやはり石碑に教訓として刻まれたりしているが、それでもなお一部の地域では便利さゆえに海岸縁に住み続けている。

このように、一度経験した失敗がごく短期間のうちに忘れられ、再び同じ失敗を繰り返すことは珍しくはない。 三陸海岸という津波常襲地帯で行われてきた過去の例にも、「失敗は人に伝わりにくい。」「失敗は伝達されていく中で減衰していく。」という、失敗情報の持つ性質がはっきりとうかがえる。 このことは東日本大震災でもあてはまる。

故高木仁三郎氏(物理学者)は1995年に、今回の福島第一原発の大事故を予見している。特に「耐震性が老朽化で劣化した原発建物に、地震の影響が加われば大変危険である。」と福島第一原発 を含めた、全国数ヶ所の原発に指摘、警鐘を鳴らしていた。

「原発が地震とともに津波に襲われ、外部からの電力・冷却水の供給が絶たれる。給水配管の破断、緊急炉心冷却系の破壊、非常用ディーゼル発電機の起動失敗、といった故障が重なれば、メルトダウンから大量の放射能が放出する。 原発の敷地内には、使用済み核燃料も貯蔵され、集中立地が目立つ福島原発などで、想像を絶する惨事が発生しかねない。これから徹底的に議論し、非常時対策を考えて行くべき。」と提言していた。

参考文献:「失敗学のすすめ」 著者 畑村洋太郎 講談社

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