愚直にビジネスと向き合う

社員のモチベーションを上げて業績を向上させるには、社員が自分の存在を認めてもらい、自分に現れている違いや変化、成長、成果に気づいてもらう「承認」が大きな要因になる。 認められたいといった欲求は、誰かの役に立ちたいといった気持ちとセットになっていることが多く、そのため認められることは、一所懸命に働く力になる。

何かの行動をすると言うことは、その行動を誰かに認めてほしいことでもあり、その行動に対して「よくやっている」とか「ありがとう」と言った「承認の言葉」があれば、それが原動力となる。 これと同じように、経営幹部が自ら問題の現場に入り、社員と一緒になって問題の発見、解決に取組み、また、社員の努力に感謝の言葉を投げることで業績アップとなっていく。

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はとバスは1998年当時、倒産寸前の危機的状況だった。その時期に、宮端清次氏は東京都庁の職員から社長に就任した。そこで社員の意識改革を行うため、自ら朝一番に現場に直行した。そしてバスが出発する際、ツアーに参加されたお客さまに向かってマイクを取って挨拶をした。 出発前の挨拶だから、ものの10秒もかからない。しかし、わずか10秒の挨拶でも、お客さまに新鮮な驚きを与えるに違いないと思った。

毎週土曜日か日曜日の朝に、出発前のバスに1台ずつ乗り込み、「はとバスの社長でございます。今日はご利用頂きありがとうございます。乗務員一同安全運転に努めます。どうぞ気をつけていってらっしゃいませ。」と挨拶をする。そして乗務員には名前で呼んで、「しっかり頼むよ。」と声をかけた。 このお客さまへの挨拶という習慣は、当初はお客さまに意外性を感じてもらうという狙いでやりはじめた。

しかし、本社ではめったに顔を合わす機会がない運転士やガイド、添乗員に会えるという副次的な効果を得ることができた。 はとバスの場合、社員の半分以上を占める乗務員は、バスの車両が職場だから、会社にはほとんどいない。 しかし、バスの発着場所に行き、こちらから乗務員の職場であるバスに乗り込んで行けば、会社では会えない社員たちにも会うことができる。

そして、バスの前部に表示している車内名刺を見て乗務員の名前を覚え、胸につけているネームプレートで確認したうえで「○○さん、運転気をつけてね、よろしく頼むよ。」と名前で呼びかけることができた。 人は誰でも名指しで呼ばれると、呼びかけてくれた人に親近感を持つものだ。当時ガイドが200名、運転士が170名いたが、バスに乗り込んで挨拶をすることによって、無理なく名前を覚えることができた。

ほぼ毎シーズン、この挨拶を続けた。そのおかげで、最初は煙たがっていた乗務員たちも、しだいに「今日、社長が来ているよ。」と私が見送りに行くのを楽しみにしてくれるようになった。 さらに、挨拶をしぶっていた運転士も、「社長がやるんならしょうがない。俺たちもやるか。」ということで、全員がマイクを持ち挨拶をするようになったのだ。思ったとおり、お客さまからの評判は上々で、「運転士さんから挨拶をされるとは思いもよりませんでした。その日一日、安心できて楽しい旅をすることができました。ありがとう。」といった手紙が届くようになった。

社員のやる気をいかに引き出すか

4年連続の赤字を黒字化し、はとバスを再生させるためには、社員に頑張ってもらうしかない。賃金をカットしておきながら、汗だけ流してほしいと頼むのは気が引けることだった。しかし、苦しい状況から脱するためには、社員に高いモチベーションを持って働いてもらうしかなかった。

社長から、名前で呼ばれて嫌な気持ちになる社員はおそらくいないだろう。「○○さん」と呼ばれることで、自分がたくさんいる社員のその他大勢ではなく、ひとりの人間として扱われていることで自覚がでる。名前で呼ばれることによって、頑張ろうという気持ちが芽生えるようになった。

当初バスに乗り込み、名前を呼んで「頼むよ!」と言っても、ガイドや運転士からは怪訝な顔をされていた。それでも何度も繰り返していると、声をかけた相手から「頑張ります!」と笑顔が返ってくるのだ。継続して行なえば、本物になっていった。 具体的には、「成長したい」「褒められたい」「認められたい」という気持ちが生かされ、達成感・充実感が得られる。結局、人間が最終的にやる気を出すのは、「自分が必要とされている。」「何かの役に立っている。」という自覚を抱いたときである。 そこで、相手の名前を呼び、相手の頑張りに対して「ありがとう。」と言うことが重要だ。

お客さまとの真剣勝負

自らがお客にならなければ、お客さまの気持ちはわからない。本当にお客さまに満足して頂けるサービスを提供するために、「休みの日に月3回、女房を連れて、はとバスに自腹を切って乗る。」ことを実行した。これは実に勉強になった。 例えばバスに乗っていると、隣や後ろの座席から、「あの観光ポイントは大したことなかったわね。別になくてもいいわよね。」「いいところなのに、もうちょっとゆっくり見たかったわ。やっぱりバスツアーはせわしないわね。」「いったいあの旅館の待遇は何よ。何様のつもりかしら。」といった声が聞こえてきた。

特に食事については不満が多く、テーブルのあちこちから、「ご飯が乾燥している」「お味噌汁がぬるい」「天ぷらが冷めきっている」といった声が、食事の間中、漏れてきた。 お金を払っているお客さまは、食べごろの状態のものを口にしたいはずだ。 実際、私も冷めきった天ぷらを口にしたが、お世辞にもおいしいとは言えなかった。主催側の様々な事情を知っている私でさえ「これはちょっといただけない。」と思うのだから、お客さまはなおさらだ。

バスに乗り込んだ瞬間から、ツアーが終わりバスを降りる瞬間まで、お客さまは その間に起こるすべてのことから判断し、そのツアーと、はとバスという会社を評価する。よって、毎日が真剣勝負なのだ。 この真剣勝負に負けたら、明日はない。お客様からの「耳の痛い」言葉に正面から向き合い、誠実にどれだけ対応できるか。お客さまに感動してもらった結果として、売り上げと利益が増して、結果的に同業他社に勝る。

リーダーシップは影響力

話は都庁に勤務していた時代に戻り、ソニー創業者の井深大さんの講演を聴く機会があった。 井深さんが社長の時代に、最新鋭の設備を備えた厚木工場ができ、日本だけでなく世界中から大勢の見学者がきた。しかし、一番の問題だったのがトイレの落書きだった。

会社の恥だからと工場長にやめさせるよう指示を出し、工場長も徹底して通知を出し、職制を通じて指導した。 それでも一向によくならない。そのうちに「落書きをするな」という落書きまで出てくる始末。しようがないかと諦めていた矢先、工場長から電話があり、「落書きがなくなりました。」との報告を受けた。

「どうしたんだ?」と尋ねると、「実はパートで来てもらっている便所掃除のおばさんが、かまぼこの板2〜3枚に"落書きをしないでください。ここは私の神聖な職場です"と書いてトイレの扉に貼り、それでピタッとなくなりました。」と答えた。 この落書きの件について、井深さんも工場長もリーダーシップをとれなかった。パートのおばさんに負けてしまったのだ。それまでリーダーシップとは上から下への指導力、統率力だと考えていたが、それが誤りだとわかった。

それ以来、リーダーシップを「影響力」と言うようにした。 このように、指導力と統率力が向かうのは、上から下へだけではない。井深さんがお話しされたソニーのトイレの落書きの件においては、パートのおばさんこそがリーダーだった。 つまり、リーダーシップとは、自分が望む方向へ、自分が指示したとおりに、相手の態度や行動を変容させる「影響力」なのだ。まさに人を動かす力といえる。

マネジメントの本に書いている理論や手法を真似すれば、会社や自分が劇的に変わるはずだというべき安易な思い込みを否定してみる。 どんなに見栄えのいい事業計画を作っても、トップに意志がなければ机上の空論である。愚直にビジネスと向き合うべきである。

参考文献:「はとバスをV字回復させた社長の習慣」 著者 宮端清次  祥伝社

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